|
文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページ程の短いものが中心だから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
|
|
誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
|
** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
|
* |
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
|
|
The Ratcatcher「ねずみとりの男」
|
|
|
|
|
(p389-p609)形容詞*
その男は、するどい顔つきをしていて、やせこけて、陽にやけていた。上顎から硫黄色の歯がとび出していて、下唇とぶつかりあい、それを中の方へ押しこんでしまっている。
The man was lean and brown with a sharp face and two long sulphur-coloured teeth that protruded from the upper jaw, overlapping theb lower lip, pressing it inward.
[コメント]
「するどい顔つき」では刑事とかやくざをイメージしてしまう。a sharp face は、角ばった顔立ち。
lean は、悪い意味ではない。身が引き締まっていること。
修正訳:いかつい顔立ち、細身で
|
|
|
|
(p390-p609)代名詞*
その、なにか人眼をさける瞳は、地面の穴から、いつもいつも用心深くのぞいては生きている、あの動物を思わせるものがあった。
The kind of dark furtive eyes he had were those of an animal that lives its life peering out cautiously and forever from a hole in the ground.
[コメント]
この those は、dark furtive eyes を指す。 直訳「…生きているある種の動物の眼」
修正訳:生きている動物を思わせるもの
|
|
|
|
(p392-p610)間投詞**
「下水の下のところにさ、いったい、どこにしかけると思ったんだ!」
「そこにかい!」ねずみとりの男は勝ちほこって叫んだ。
‘Down the sewer. Where the hell you think I put it!’
‘There!’ the ratman cried, triumphant.
[コメント]
このthereは指示副詞ではなく、相手の発言を混ぜ返す、間投詞として使われている。
修正訳:これはしたり
|
|
|
|
(p393-p611)形容詞*
そのアクセントは、クロウドのそれとよく似ていた。バッキンガムシャーの一地方にある、あの幅のひろい、やわらかなアクセントだ。でも、彼の声はもっと野太く、口の中で、もっとうるおいをふかめているかのようだった。
The accent was similar to Claud’s, the broad soft accent of the Buckinghamshire countryside, but his voice was more throaty, the words more fruity in his mouth.
[コメント]
この broad は、訛りの強い。soft は、軟音(c が s、g が dj のように発音される)ととるのがよいだろう。
例:speak English with a broad German accent ひどいドイツ訛りの英語を喋る
修正訳:音は軟らかだがきつい訛りだ
|
|
|
|
(p393-p611)副詞句***
「…。そいから、そいつを下水の上から吊っておくんだ。つまりね、水にぜんぜんふれないようにするんだ。わかるかい?水にふれないようにするんだぜ。しかもよ、ねずみがそれにとどかないように、高く吊るすんだ」
‘… Then you suspend the bags from the roof of the sewer so they hang down not quite touchin’ the water. See? Not quite touchin’, and just high enough so a rat can reach ’em.’
[コメント]
soはso thatの略形。enoughは副詞でso thatするに足る(たっぷりでなく充足を含意)だけ。
not quiteは部分否定「あまり触れない」
修正訳:完全には水に浸からない水に浸からない 届くぎりぎりの高さに吊るすんだ
|
|
|
|
|
(p409-p614)イディオム**
爪先でしずかにゆさぶりながら、二、三度身体を上下させ、ひめやかなやわらかい声で、こう言った、「なにか見たいかね?」
He raised himself up and down a few times on his toes, swaying gently, and in a voice soft and secretive, he said: ‘Want to see somethin’?’
[コメント]
raise oneself は、伸びをする。up and down は、上下に。on ones toes は、爪先を支点(支え)にして。
修正訳:爪先立ちするように二、三度背伸びし、ゆるく体を揺すって
|
|
|
|
(p404-p616)比較級***
どうするつもりなの?」と、私はたずねた。前のやつと同じに見えるけど、私は、こいつがなんとなく好きになっていくような気がしたのである。
‘What are you going to do?’ I asked. I had a feeling I was going to like this one even less than the last.
[コメント]
like が less と繋がることに注意。this one は、ねずみ男がこれからやろうとしていること。the last は、直前にやったねずみ殺し法。even は than 以下も嫌だったがそれ以上に、の意。
修正訳:前のやり方も嫌だったが、こんどのはもっと気持ち悪そうな気がしたのである。
|
|
|
|
(p408-p618)動詞*
男はねずみにのしかかり、顔を近づけた。そのあいだじゅう、眼はじっとねずみからはなれない。突然、ねずみは恐怖におそわれ、横っとびに宙へのがれようとした。
The man leaned forward towards the rat, following it with his face, watching it all the time with his eyes, and suddenly the rat panicked and leaped sideways in the air.
[コメント]
身体を前に傾けた、と言っている。
修正訳:身体を前に傾げ
|
|
|
|
(p409-p618)
ねずみはぴったりと、からだをボンネットにひっつかせ、身をこわばらせながら、恐怖にうちふるえている。ねずみとりの男も、緊張していたが、なにか一触則発の気をはらんでいて、まるでギリギリいっぱいのところまでおさえつけられているスプリングみたいだった。(抜け)
それから、ドッと彼はぶつかった。
The rat was pressing its body flat against the car bonnet, tense and terrified. The ratman was also tense, but with a dangerous active tensity that was like a tight-wound spring. The shadow of a smile flickerd around the skin of his mouth.
Then suddenly he struck.
[コメント]
訳抜け
修正訳:微かな微笑みが一瞬口の周りに見えた気がした。
|
|
|
|
|
|
|
|