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第19回 (2月上旬号) 『この子だけは』②悪訳編
by 柴田耕太郎
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 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
 冒頭に誤りの種別と誤訳度(または悪訳度)を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
 今回取り上げるのは、『飛行士たちの話』(早川書房、永井淳・訳)のなかの『この子だけは』(ONLY THIS)。
悪訳度: *** 致命的悪訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的悪訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲)
この子だけは
[ストーリー]
 女は眠りながらも、意識のどこかが目覚めている。飛行士になったひとり息子が乗った戦闘機が上空をよぎるのを、待っているのだ。やがて爆音が轟き、女は眼を覚ます。音のありかを求め夜空を探るうちに、息子いとしさのあまり、彼の乗った飛行機のところへ心が飛んでいってしまう。地上からの砲撃が当たり、飛行機は焔に巻かれる。息子を助け出そうと身体を引っ張るが、力尽きる。そのまま飛行機は錐揉みしてゆき、女は心労で死んでしまう。
名詞:
An army was marching in the sky.
軍隊が空を移動しつつあった。

[解説]
「軍隊」では大軍(とくに陸の)を想起してしまう。
修正訳: 軍隊→部隊
強調:
All along the route people had heard the noise and knew what it was; they knew that, soon, even before they had gone to sleep, there would be a battle.
その道筋に住む人人は、爆音を聞きつけて音の正体を悟り、ほどなく、彼らがベッドに入る前に戦いが始まることを知ったのだ。

[解説]
even を訳したほうがよいだろう。
修正訳: 前にも戦いが始まりそうなのを
形容:
Her face was white and the skin seemed to have been drawn tightly over her cheeks and gathered up in wrinkles around her eyes.
顔は血の気を失い、皮膚は頬骨の上にピンと張って、目のまわりの皺になったかのように見えた。

[解説]
「血の気を失う」では、何かの原因で一時的になった状態のようだ。ここは、元々あるいは日頃からそうなっている(例えば、戦地に赴いた息子をずっと思って)のだ。

修正訳: 血の気を失い→青白く
省略:
She was so close to it and she could see the way in which the nose of the machine reached out far ahead of everything, as though the bird was craning its neck in the eagerness of its passage.
彼女はそのすぐそばにいて、あたかもひたむきに首をのばして飛んでゆく鳥のように、機首をほかの部分よりはるか前方に突き出した飛行機を見ることができた。

[解説]
in the eagerness of its passage が訳抜け。ここは重要な例えなので、抜かさないでほしい。
修正訳: 早く目的地に着きたくて首をぐっと伸ばして飛んでいる鳥
●代名詞
He looked around and when he saw her, he smiled and stretched out his hand and touched her shoulder, and then all the fear and the loneliness and the longing went out of her and she was happy.
振り向いて母親の姿を認め、にっこり笑って片手で彼女の肩に触れたとき、もろもろの不安と孤独と渇望が霧散し、彼女は幸福にひたった。

[解説]
「触れたとき」までの主語は彼(息子)、「もろもろの」から「幸福にひたった」までの主語は彼女(母親)。一文のなかで主語がねじれているため、読みにくい。動作主がわかるように、訳す。
修正訳: 息子が自分の肩に触れたとき、もろもろの不安と渇望が霧散し、彼女は幸福にひたった。
助詞:**
Outside the moon was low in the sky. The frost lay heavier than ever on the fields and on the hedges and there was no noise anywhere.
空では月が沈みかけていた。霜は畑や生垣はいよいよ白く、物音一つしなかった。

[解説]
これは誤植だろう。
修正訳: 霜は牧草地と生垣でいよいよ白く
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