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第42回 (5月下旬号)
『英文解釈教室』補 その②
by 柴田耕太郎
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番号、下線部は問題箇所。評価基準は次に従う。
誤訳: 明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳: 原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差: 正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳: 日本語訳で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの



1.2.2

Most of us when we have seen houses which were picturesquely situated, and wore a look of unusual beauty and comfort have felt a desire to know who were the people that lived in them.

伊藤訳: 絵のように美しい所にあり、まれに見るほど美しく楽しそうな様子をしている家を見て、そこに住むのがだれか知りたいと思った経験を、たいていの人は持っている。

「美しく楽しそうな」[悪訳]:beauty は前と同じ言葉がつづくのを避けるため「きれい」とする。まさか家自体が楽しんでいるわけではあるまい、comfort beauty と並列する訳語を選ぶ「快適」→「心地よさ」。wear は「〜を帯びている」

修正訳: 絵のように美しい場所にあり、まれに見るほどきれいで心地よさそうな様子をしている家を見て、そこに住むのがだれか知りたいと思った経験を、たいていの人は持っている。



1.2.3

Those who live nobly, even if in their day they live obscurely, need not fear that they have lived in vain.

伊藤訳: 高潔な生活を送っている人々は、たとえ無名のまま人生を送っても、人生が空しく終わることを恐れる必要はない。

「人生が空しく終わることを恐れる」[悪訳](誤訳に近い)obscurely は「名もなく」。主文が現在形だから、真理に順ずる事実を示している。目的語となる節が現在完了形なので、「これまでそうしてきた」ことをあらわす。fear that 〜 は「〜してしまうのではないかと(恐れつつ)思う」。「人生の終わり方が空しい」ではなく、「空しいやり方で人生を送ってきた」と懸念するには及ばない、といっている。

修正訳: 高潔な生活を送っている人々は、たとえ無名のまま人生を送っても、空しい人生を送ってしまったのではないかと思う必要はない。



1.3 例題

In choosing an occupation, you determine many things that involve your happiness and satisfaction in life. The home you make, the community in which you will live, the standard of living that you will maintain, the recreations you pursue, and the environment in which your children will grow up will largely depend upon your choice of vocation.

伊藤訳: 職業を選ぶときには、生涯の幸福と満足を含む多くのことが決定される。人の作る家庭、その住む地域社会、維持する生活水準、求める娯楽、子供の成長する環境は、大部分がどんな職業を選ぶかで決まってくる。

「ときには、…決定される」[誤差]:ining, 主文 の場合、in 以下の副詞節が原因、主文が結果をあらわす場合が多い。ここも因果を訳にだしたほうがいいところ。
「を含む」[悪訳]:訳文では「幸福と満足は、多くのことに含まれる」のか「幸福と満足など多くのこと」なのかがあいまい。実はこの「含む」は「必然的に伴う」の意味なのだから、それをくだいて「…に関係する」→「…にかかわる」ぐらいの訳をつけるのが、英文和訳であっても望ましいだろう。

修正訳: 職業を選ぶことで、生涯の幸福と満足にかかわる多くのことを決めることになる。人の作る家庭、その住む地域社会、維持する生活水準、求める娯楽、子供の成長する環境は、大部分がどんな職業を選ぶかで決まってくる。



1.4 例題(2)

Whether either the material or the intellectual changes in the past half century produced comparable changes in the American character is difficult to determine. The forces that create a national character are as obscure as those that create an individual character, but that both are formed early and change relatively little is almost certain.

伊藤訳: 過去半世紀の物質的または精神的変化のいずれかが、アメリカの国民性にそれと比較しうる変化を生み出したかどうかを決定することはむずかしい。国民性を作り上げる力は、個人の性格を作り上げる力と同じくらい目立たぬものである。しかし、どちらの性格も早く形成され、比較的わずかしか変化しないことはほとんど確実と言ってよい。

「物質的または…どうかを決定する」[誤差]:「いずれかが‥生み出したかどうか」では、「どちらかが‥生み出した」「どちらも‥生み出していない」の答えを予想させてしまう。
Whether eitheror がからみあってわかりにくいところだが、何ら説明はない。英文読解本には、本当に知りたいところが解説されていないことがよくあるが、ここも著者の伊藤がよくわからないので説明を端折ってしまったのかと勘ぐりたくなる。
 代わって説明しよう。
 まず
Whether で始まる主節を it で置き換え読んでみるとわかりやすい。
It is difficult to determine whether either the material or the intellectual changes
either A or B:A か B かどちらかの選択→まるごとで α と示す
whether:α or not が隠れている 。つまり α であるのかないのかの選択
α であれば、A もしくは B (がある)
α でない(A もしくは B であるということではない)というのは、二つ考えられる

A でも B でもない
A でも B でもある

以上より次の四つの可能性が述べられているのがわかる

(1)
物質的変化が国民性の変化に影響を与えた
(2)
精神的変化が国民性の変化に影響を与えた
(3)
どちらも国民性の変化に影響を与えていない
(4)
どちらも国民性の変化に影響を与えた

 これが語法的な分析だが、文の流れから見れば「どちらも、少なくともどちらかは…与えた」感じであり、力点は、「与えたか」どうかよりも「決定するのがむずかしい」のほうだ。 それで(このような解説をきちんとした上で)修正訳のような訳文を提示するのがよいだろう。
comparable は「…と比較に値する、…に匹敵する」ここは「the material changes または the intellectual changes に見合った」
「目立たぬ」[悪訳]:影がうすいわけではなく、わかりにくいのである。obscure は「不明瞭な、あいまいな」
「確実」[誤差]:「確実」と「確か」は使われる場面がちがう。これは国語の問題。日本語の使い方が甘くては、いくら英語の意味を云々しても説得性がない。

修正訳: 過去半世紀の物質的変化または精神的変化のいずれにしろ、その変化に応じてアメリカの国民性を変えたかどうかを決定することはむずかしい。国民性を作り上げる力は、個人の性格を作り上げる力と同じくらいわかりにくいものである。しかし、どちらの性格も早く形成され、比較的わずかしか変化しないことはほとんど確かと言ってよい。

 文例自体が難しく、かつ訳文に頭を悩ます題材なのがよくわかっただろう。だからこそ、訳語の選定には慎重の上に慎重を重ねてほしかったところ。
This is the house in which he lives.
『これはその中に彼が住んでいるところの家です』に類するような悪文が、翻訳だけでなく評論文などにも見られることの最大の責任は英語教師にあるのではなかろうか。」(『予備校の英語』)
とまで言い切っている伊藤。この本は20年ぶりに大改訂している(死の直前まで校正していたのは感動的:1997.01.21.死去。1997.02.05.改訂版発行)のだから、時間がなかったとの言い訳はできまい。自分が「責任ある英語教師」の一人に含まれるのを、御本人は気づいていたのだろうか。

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