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さすがは大ベテラン、永井淳。ねちっこく見たが、誤訳も悪訳もほとんどない。しいて文句をいえば、文章のそっけなさが、物足りない。さっさかと筆を走らせ枚数を稼いでいる、の感がある。翻訳職人、マイスターといったところか。
では、重箱の隅をつついてみよう(永井訳、原文、わたしのコメント、の順。本作品集は11の短編より成る)。
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『簡単な任務』A Piece of Cake
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(p55)
「ブレヌム機の連中」
…, where the Blenheim boys were helpful …
コメント:
イギリスの双発軽爆撃機のこと。はじめはドイツ読みで「ブレンハイム」だったが、のちに英語読みで「ブレニム機」とされるのが普通。 |
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(p55)
「出撃回数は多すぎたし、補充兵は送られてこなかった。」
They were having to go out too often, and there were no replacements coming along.
コメント:
補充兵でなく、補充のパイロットのこと「交代要員」 |
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(p56)
「爆撃機の連中はふさぎこんでいる」
「そんなことはないさ」と、わたしは答えた。
「じゃあ、うんざりしているんだ」
「違う。連中は疲れてるんだ。それだけだよ。しかし、連中は飛びつづけるだろう。…」
‘Bomber boys unhappy,’ Peter said.
‘Not unhappy,’ I answered.
‘Well, they’re browned off.’
‘No. They’ve had it, that’s all. But they’ll keep going. You can see they’re trying to keep going.’
コメント:
unhappy、browned off、have had it の意味はそれぞれ似たようなものだが、度重なる出 撃に嫌気がさしている。ここは会話が流れるように訳語を選びたい。
「爆撃機の連中は暗いな」とピータがいう。
「そんなことないさ」とわたし。
「じゃ、機嫌が悪いんだ」
「違う。うんざりしてるんだよ。それだけさ。でも飛び続ける。飛び続けようとしているのがわかるだろ」 |
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(p57)
「わけない仕事なんだよ」と、わたしはいった。
「そうとも」
‘Piece of cake,’ I said.
‘Like hell.’
コメント:
like hell はイディオムで「まさか」
「お茶の子、サイサイだ」と、わたしは言った。
「とんでもない」 |
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(p59)
「命令は全身に、脳や腕や胴体のすべての筋肉に中継され、筋肉が行動を開始した。」
The order was relayed to the whole system, to all the muscles in the legs, arms and body, and the muscles went to work.
コメント:
ケアレスミスもたまにはご愛嬌。 「脳」→「足」 |
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(p59)
「わたしの脳が命令を受けとって動きはじめた。」
My arms received the message and went to work.
コメント:
荒い手書きだと、脳と腕は同じに見える。和文校正のミスだろう。
「脳」→「腕」
また、すこし先の「わたしの脳が命令を受けとって動きはじめた。」の「脳」は「腕」のま ちがい。 |
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(p60)
ピンが抜けてベルトがはずれた。さ、脱出するんだ。脱出するんだ。だが、それができない。操縦席から体を浮かせるのがやっとだった。」
Out came the pin and the straps were loosed. Now, let’s get out. Let’s get out, let’ get out. But I couldn’t do it. I simply couldn’t lift myself out of the cockpit.
コメント:
simply が、否定語の前で「絶対に」の意味となるのは、初等文法。永井淳のような大ベテ ランでも知らないことがあるのに、かえって安心。
「留め針がとれて、ベルトがはずれた。よし、脱出だ。脱出だ、脱出だ。でもできなかっ た。操縦席から体を持ち上げることが全然できなかった」 |
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(p66)
「なおも敵機は接近してきた。目の前にぐんぐん近づいてきて、見えるのはメッサーシュミットの機体の色と、青空をバックにくっきりと浮きあがった黒い鉤十字だけになった。」
Still they flew closer. They came nearer and nearer, right up in front of my face so that I saw only the black crosses which stood out brightly against the colour of the Messerschmitts and against the blue of the sky;
コメント:
読点の打ちかたが悪い。「機体の色」と「鉤十字」が並列するのでなく、「機体の色、青い 空」に対し「鉤十字」が映えているのだ。
「だが敵機は接近してきた。目の前までぐんぐん近づいてきた。機体の色と空の青さに映 えて、黒いカギ十字だけが浮かびあがって見えた」 |
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