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文法力をつけたいが、無味乾燥な文
法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、
文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアル
ド・ダール(Roald
Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページ程の短いものが中心だから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に市販訳との優劣を競って
みてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げ
ます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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Galloping
Foxley「韋駄天のフォックスリイ」
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ストーリー
主人公は初老の紳士。毎日列車でロンドンの事務所に通っている。或る日から、見なれぬ男が通勤に加わり、あろうことか自分の定席の向かいに座を占めた。古
い記憶を引き戻してみると、中学時代同じ寮生活をし、自分をたっぷりいじめてくれた上級生だった。あの時の辛い思いをちくちくと思い出として話し、いた
ぶってやろうと声をかけた。ところが・・・人違いであった。
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(原文p506―訳文p157) ** 代名詞
Then I sort of froze up and sat staring
at him for at least a minute before I got hold of myself and made an
answer.
‘This is a smoker,’ I
said, ‘so you may do as you please.’
私はゾクッとする
と、すくなくとも一分ぐらい、その男の顔を、穴のあくほど、みつめたまま、坐っていたのだ。それからやっと我にかえって、答えたものだ。
「わたしだって煙草のみですよ。どうぞお気がねな
く」
(コメント)
this を取り違えている。「私」ではなく「この車両」のこと。
ついでに a minute は「一分」ともとれるが、そん
なに見つめる失礼は普通しまい。「しばらく」の意にとるのが順当。at
least は「少なくとも」との限定ではなく、a
minute を強調している(とにかく、何しろ)ととるのがよいだろう。
修正訳: これは喫煙車ですから
ね。 |
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(原文p507―訳文p158) ** 形容詞
I
can’t say I’ve ever had an actual conversation with him before ― we are rather a
reserved
lot on our station ― but a crisis like this will usually break
the ice.
といって、これまで
に会話らしい会話をかわしたことはなかった―この駅では、二人と
もひどく内気な人間だったからだ―しかし、このような危機に直面したら、だれだって打ちとけるものだ。
(コメント)
lotは「奴、輩、人」。reserved は「内気」でなく「控え目な」。やたらに馴れ馴れし
くしない、イギリスのインテリなのだ。we
は「二人」でなく「この郊外の小さな駅で通勤列車に乗る人たち」ととったほうがよいだろう。
修正訳: だれもが控え目で、やたらに話しかけたりしない。
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(原文p510―訳文p163) * *名詞
They were
pointed shoes, and it was my duty to rub the leather with a bone
for fifteen minutes each day to make it shine.
先のとんがった靴
で、それがピパピカになるまで、毎日骨でみがくの
が、私の役目の一つだった。
(コメント)
ここ、田口俊樹の新訳でも
「骨」となっているが、「骨でみがく」とはどんな靴なのかと思ってしまう。辞書を丁寧に引いてゆくと、bone = bone white 〔骨
白色、ボーンホワイト(灰色がかった白など)〕とある。これが a
と可算名詞化され「白系の靴墨」ととるのが順当だろう。
修正訳: 白い靴墨で
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(原文p516―訳文p176) ? 数詞
“I’m glad to
meet you,’ he said, lowering the paper to his lap. ‘Mine’s Fortescur ―
Jocelyn Fortescue, Eton 1916.’
「いや、お目にか
かって、こんなにうれしいことはありません」と、相手は新聞を膝におくと言った、「私、フォーテスキューと申します、ジョスリン・フォーテスキュー。イー
トン校、一九一六年の卒業です」
(コメント)
この前に主人公が自分を紹介
し、― and I was at Repton in 1907.と
言っている。in は入学年度を示すととってよ
いだろう。Eton 1916 と in
がないのはどうとるべきか、入学なのか卒業なのか。こうしたちょっとしたことが哀しいかな、私も含め日本人の英語学習者にはわからない。機会を見てネイ
ティヴに聞いてみよう。
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