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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。全11編を月二回、一年かけて点検してゆく。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、
解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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* |
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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暴君エドワード
[ストーリー]
ルイザとエドワードは初老の夫婦。あるとき庭仕事をしていて、見慣れぬネコに出会う。ネコを家に入れたまま、ルイザがピアノの稽古をしていると、ネコは曲によって異常な反応を示す。またあろうことか、ネコの顔には大作曲家リストと同じ位置にホクロがある。ルイザはこのネコがリストの生まれ変わりに違いないと思い込むが、エドワードはこの話に取り合わない。ルイザがネコいやリストのために晩餐を用意している間、エドワードはネコを伴って庭に出ていたようだ 。肝心のリストはどこにいったのか、問い詰めるルイザがエドワードの腕に眼をやると、手首に一条の鋭い傷がある。あなた、まさか…、と逆上しそうになるルイザ。 |
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●形容詞:* |
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‘You’re not ill, are you, Louisa?’
「お前はまさか病気じゃないだろうね、ルイザ?」
[解説]
これでも間違いではないが、もうすこし意味範囲を広くとったほうが会話としては良い。
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●副詞:*** |
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‘Twice,’ the husband said. ‘He’s only done it twice.’
‘Twice is enough.’
「2回だろう」と良人はいった。「2回やればわかるだけじゃないか」
「2回で充分よ」
[解説]
only は副詞で、twice に掛かる。「だけ、しか、こそ、すら、ばかり、だに、のみ、はじめて」などの訳語を適宜宛てる。
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●動詞:*** |
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‘Come on, then. Let’s see him perform. Let’s see him tell the difference between his own stuff and someone else’s.’
「それじゃ、やってごらん。あいつの演奏するところを拝見しようじゃないか。自分の作曲したものと、ほかの作曲家のもののちがいをあいつに教えてもらおうじゃないか。」
[解説]
前がなくてはわからないだろうが、この perform は「演奏」でなく、「演奏しているときネコが示す動作」のこと。
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●数詞:** |
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‘You watch. And one thing is certain---as soon as he recognizes it, he’ll refuse to budge off that stool where he’s sitting now.’
「まあ、見てなさい。それに、ひとつだけたしかなことがあるのよ---彼にそれとわかればすぐにも、いま座っているベンチからおりようとしなくなるわ」
[解説]
one thing は「ひとつ」。「ひとつだけ」なら the one thing。
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●否定:** |
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‘Oh, but I couldn’t possibly go out now. There’s no question of that.’
「あら、そうだったわ。でも、たぶん出かけられないわね。そんなこと問題外よ」
[解説]
「たぶん…でない」だったら、probably not の形になる。例:“Will the operation be successful?” “Probably not.”(「手術はうまくいくだろうか」「うまくいかないでしょう」)
not possibly は「まず…ない」(柔らかく言っているが「絶対に…ない」の意)。
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●否定:** |
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No one could possibly be certain about a thing like that.
そういったことを確信をもっていえるひとなんておそらくどこにもいはしない。
[解説]
no=not any。便宜的に書き換えると、Any one could not possibly be certain about likethat. 前と同じく not possibly の形「まず…ない」。
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●名詞:* |
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It didn’t say who Mme Blavatsky had been.
ブラヴァトスキイ夫人がなにものかということは触れていなかった
[解説]
読み方については、一般に流通しているものを優先させる(信頼できる辞書、事典、専門書の表記を採る。ここではジーニアス英和に拠った)。「ブラバツキー夫人」。ロシアの神智学者(1831〜91)。 |
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●代名詞:* |
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Wait a minute! I do believe they’re in the same places!
ちょっと待って!いぼのあり場所も同じだと思うわ!
[解説]
they は「いぼ」。(他の何かに加え)いぼの「あり場所も同じ」なのではなく、いぼの「ある場所自体が同じ」なのだ。
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●副詞:** |
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And another on the left, at the top of the nose. That one’s there, too! And one just below it on the cheek.
それから、鼻の上の左にもひとつあるわね。それもあるわ!それからほっぺたすぐ下にひとつ。
[解説]
one は「いぼ」のこと。it は「鼻の上の左に新しく見つけたいぼ」。「ほっぺたすぐ下」だと顎のあたりになってしまうが、言っているのは「鼻の上の左に新しくみつけたいぼのすぐ下のほっぺのところにもうひとつのいぼがある」ということ。焦点が狭まってゆくのが英語の叙述の特徴。just below it → on the cheek。
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●動詞:* |
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‘No,’ he said, without turning round, ‘I’m not having it. Not in this house. It’ll make us both look perfect fools.’
「おれはあいつを飼うつもりはない。この家ではいやだ。あいつにかかると、おれたちは完全なばかに見えてくる」
[解説]
make+目的語+原形不定詞で「O を…のように見せる」。自分でばかと思うわけではない。
直訳 |
あのネコは我々両人を完全にバカに見えるようにさせてしまうことだろう。 |
修正訳 |
あいつのおかげでおれたちはバカ扱いされるようになる。 |
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●形容詞:** |
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‘We’ve been having too many of these scenes just lately, Louisa,’ he was saying. ‘No no, don’t interrupt. Listen to me. I make full allowance for the fact that this may be an awkward time of life for you, and that---’
「おれたちは、このところ、こんなことばかりくり返しているね、ルイザ」と彼はいっていた。「いやいや、だまっててくれ。おれのいうことも聞いてくれ。こういえばきみにいやな思いをさせるということは、こっちだって百も承知なんだ、それに…」
[解説]
どこから「いやな思い」との訳がでてくるのか。この an awkward time とは、女性の更年期のことだろう。
直訳 |
この時期が君にとって人生のやっかいな時期でありうるということは |
修正訳 |
君がいま、大変な時期にいるのは |
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●動詞:* |
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---I wish I knew what his favourite dishes used to be. What do you think he would like best, Edward?’
‘Goddamn it, Louisa!’
‘Now, Edward, please. I’m going to handle this my way just for once. You stay here,’ she said, bending down and touching the cat gently with her fingers. ‘I won’t long.’
…彼のお気に入りの料理がどんなものだったかわかればいいのだけれど。なにがいちばん好きだと思う、エドワード?」
「勝手にしろ、ルイザ!」
「まあ、エドワード、よしてよ。こんどだけは、あたしが勝手にお料理するわ。あなたはここにいらっしゃってね」と彼女はいい、身をかがめて、ネコにやさしく指を触れた。「長くかからないわ」
[解説]
this は「ネコの好む料理を供すること」。my way は名詞句だが、副詞句的(私流に)に handle (対処する)に掛かる。
直訳 |
今度だけは、私はネコのための料理を自分流に按配するつもりです。 |
修正訳 |
今度ばかりは、好きにやらせてちょうだい。 |
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●動詞:*** |
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Louisa went into the kitchen and stood for a moment, wondering what special dish she might prepare. How about a soufflé? A nice cheese soufflé? Yes, that would be rather special. Of course, Edward didn’t much care for them, but that couldn’t be helped.
ルイザは台所に入っていくと、しばらくその場に立ちつくして、どんな特別料理をあげようかしらと考えた。スフレはどうかしら?おいしいチーズのスフレは?そうだわ、これなら特別料理になる。もちろん、エドワードは料理には口がうるさくないけれど、だからといってなにを食べさせてもいいというものではない。
[解説]
them は、スフレのいろいろ、のこと。care for は、(否定文で)「好む」。can’t be helped は「どうしようもない」。
修正訳 |
もちろん、エドワードはスフレの類は好きでないが、それはしょうがない。 |
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●形容詞:** |
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She was only a fair cook, and she couldn’t be sure of always having a souffl come out well, but she took extra trouble this time and waited a long while to make certain the oven had heated fully to the correct temperature.
ただ彼女の料理の腕前は相当なものだった。スフレがうまくできあがるかどうかは、かならずしも自信がなかったものの、今日は苦心に苦心を重ね、長い時間をかけてオヴンの火が適度の温度でまわっているかどうかをたしかめた。
[解説]
fair は「まあまあの」。only は a fair cook を強調する副詞「まずもって、まさに、それこそ、ほんの」などを文脈に合わせ、適宜採用する。
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