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第17回 (1月上旬号) 『南から来た男』悪訳編
by 柴田耕太郎
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 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
 冒頭に誤りの種別と誤訳度(または悪訳度)を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
 今回取り上げるのは、『あなたに似た人』(早川書房、田村隆一・訳)のなかの『南から来た男』(MAN FROM THE SOUTH)
悪訳度: *** 致命的悪訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的悪訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲)
南から来た男
[ストーリー]
 ジャマイカの避暑地のホテル。プール脇でくつろぐ私の席の隣に小柄な老人とアメリカ海軍兵学校の練習生が腰掛ける。練習生自慢のライターを巡って、十回続けてライターが点くかどうかの賭けを老人が提案する。自分が負ければロールスロイスを渡す、でも練習生が負けたらその小指をいただく、と。ホテルの部屋でのこの賭けの最中、ひとりの中年女性が飛び込んできて、ロールスロイスは自分の持ち物、この男からは自分がすべてを賭けで取り上げたのだ、と言う。車の鍵を受け取るその女の手を見やると、指が一本しか付いていない…
並列:**
It was a fine garden with lawns and beds of azaleas and tall coconut palms, and the wind was blowing strongly through the tops of the palm trees, making the leaves hiss and crackle as though they were on fire.
緑の芝生、ツツジ、それに背の高いヤシが生えている、とても美しいガーデンだった。

[解説]
「芝生」「ツツジ」「ヤシ」が「生えている」と読めてしまう。
修正訳: 緑の芝生、ツツジ、それに背の高いヤシの木もある、
形容詞:
Just then I noticed a small, oldish man walking briskly around the edge of the pool.
と、そのとき、プールの端を元気よく歩いてくる、小柄の、初老の男に私は気がついた。

[解説]
初老の概念は時代とともに変わり、ちょっと年齢がつかみにくい

修正訳: すこし老けた
コロケーション:**
I couldnt tell if the accent were Italian or Spanish, but I felt fairly sure he was some sort of a South American.
この男のアクセントが、イタリア系なのかスペイン系なのか、私にはよくわからなかったが、南米のどこかだということは分る

[解説]
この訳だと「アクセント」が「南米のどこか(のもの)」と読めてしまう。

修正訳: 南米のどこかの国の人間なのは分る。
くどい:
Are these chairs taken?
「この椅子、両方とも誰かいるんですか?

[解説]
とがめるように聞こえる。ただ、席が空いているかどうか、聞いているのだ。

修正訳: 空いてますか?
あいまい:
He was sitting there very still, and it was obvious that a small tension was beginning to build up inside him.
そして、彼の心のなかで、なにかが次第に緊張しはじめてくるのが、手にとるようだ

[解説]
tension が可算名詞化され、イメージできるものになっている。直訳は「彼の心の中に小さな緊張状態が形成され始めているのは明らかだった」。「なにかが」と「手にとるようだ」のコロケーションが悪い
修正訳: 緊張が高まってくるのがよく分った。
呼び方:
‘First,’ he said, ‘we’ ave a little Martini.’
「まず一杯、マリティニをちょっとやりまショウ」

[解説]
「マティニー」というのが普通だろう。それとも、南米訛りを出したかったのだろうか。
修正訳: マティニー
文のねじれ:**
He began to make the Martini, but meanwhile he’d rung the bell and now there was a knock on the door and a coloured maid came in.
彼はマルティニをつくりはじめたが、そのまえにベルを鳴らしていたので、ドアにノックがすると、黒人のメイドが入ってきた

[解説]
文の主語がねじれている。
meanwhile は副詞で(1)その間 (2)一方、のうち(2)。
修正訳: そのまえにベルを鳴らしていたので、ドアにノックがあり、黒人のメイドが入ってきた。
日本語の誤用:
‘Now place de left hand between dese two nails. De nails are only so I can tie your hand in place. All right, good. Now I tie your hand secure to de table so.’
「デハ、この二本の釘のあいだに、アナタの左手を入れて。釘はネ、アナタの手を、よく縛れるように打ったのです。さあ、これでヨロシ、大いにヨロシ。そこで、アナタの手をテーブルにしっかりいわける—こうネ」

[解説]
「いわける」で可能をあらわそうとしているのだろうか?訛りを出したいのなら、カタカナにするだろうし?
修正訳: テーブルにしっかり結わく
日本語の流れが不自然:**
He didn’t blow the flame out; he closed the top of the lighter on it and he waited for perhaps five seconds before opening it again.
He flicked the wheel very strongly and once more there was a small flame burning on the wick.
青年は焔を吹き消さなかった。ライターの蓋を、焔の上におろして、やく五秒というもの、蓋をあけないで、待っていた
彼が、車をもっと強くこすると、ふたたびちいさな焔が芯について燃えあがった。

[解説]
「蓋をあけないで、待っていた」では、そのあとの行為を叙さないと、次ぎの「彼が、車をもっと強くこすると」に続かない。

修正訳: じっとして、それからおもむろにまた蓋をあけ、車をこすった。
誤用:**
She looked sorry and deeply concerned.
彼女はいかにもしまったといった感じだった。そして、心から気づかわしそうにしていた

[解説]
sorryを「しまった」、concernedを「「気づかわしい」と訳すのでは、夫がかけた迷惑を人に詫びる実直そうな妻の感じがでない。
修正訳: 申し訳ないことをしてしまった、という感じだった。
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