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文法力をつけたいが、無味乾燥な文
法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、
文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアル
ド・ダール(Roald
Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページ程の短いものが中心だから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に市販訳との優劣を競って
みてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げ
ます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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Mr
Botibol「ボティボル氏」
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ストーリー
ボティボル氏は、金はあるが冴えない中年男。あるときふと思い立って、レコードに合わせ指揮の真似事をしてみた。これに気分を高揚され、自邸の一室をミ
ニ・コンサート会場に衣替えする。次の演目を選びにレコード店に出向いたところ、偶々音楽の趣味を同じくする女性と言葉を交わした。思い切って彼女を自宅
へ招待し、自分の指揮、彼女のピアノ演奏による架空の(実はレコード演奏)コンサートを開く。 |
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(原文p667) ** イディオム
Clements had seen him coming, and now,
as he watched Mr Botibol threading his way cautiously between
the tables and the people, walking on his toes in such a meek and self-effacing manner
and clutching his hat before him with both hands, he thought how
wretched it must be for any man to look as conspicuous and as odd as
this Botibol.
(訳文p47)
そして今、帽子を
しっかりと両手で握りしめ、人とテーブルのあいだを用心深く縫いながら、いかにも遠慮深そうに爪先立ってやってくるボティボル氏を眺めて、あの男ほど人の
眼につき、また人から奇妙に見られるというのは、なんとも哀れなことだ、と思わずにはいられなかった。
(コメント)
on one’s toes は「気を張り詰めて」。「爪先立つ」は stand on tiptoe(s)
cf. walk on tiptoe
(忍び足で、爪先で歩く)。
修正訳: 張り詰めた様子で
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(原文p667) * 日本語表現
This was merely an exploratory,
much-too-low bid, a kind of signal to the seller that the buyers were
seriously interested.
(訳文p48)
売り手の反応を買い
手として見ようとしたまでにすぎなかった。
(コメント)
日本語がおかしいの。
修正訳: まず見ようとしただけだった。
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(原文p668) *
名詞
Clements then spoke briefly about the drawing up
and signing of documents, and when all that had been arranged,
he called for two more cocktails.
(p49)
そこでクレメンツは口早に契約書について説明し、その書類に簡単にサインさせてしまった。
そしてすべてが整うと、さらに二杯カクテルを注文した。
(コメント)
直訳すれば「それからクレメンツは書類の作成と署名について簡単に話し、すべて段取りがつくと、彼
はカクテルをさらに二杯注文した」。
draw
up a contract「契約書を作成する」arrange
は「手はずを整えること、段取りすること」で、サインをしてしまったわけで
はない。相手が申し出に応じてくれたので、契約の前祝いに一杯奢り、さらに一杯勧めながら、買収手続きを説明している箇所だと思う。
修正訳: ざっと契約書類の内容と
署名についての説明をした。 |
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(原文p668) * 日本語表現
When the wine
came along Clements tried to
have a talk about that.
(訳文p49)
「それはそれは」ワ
インが届き、クレメンツはワインについて話をしてみようと試みた。
(コメント)
「みよう」と「試みる」は同じ意味が重なっている。
修正訳: 話をしようとした
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(原文p671) * 日本語表現
That solicitor
gave me too much wine, he
told himself.
(原文p55)
あの弁護士に飲まさ
れすぎた、と彼は自分につぶやいた。
(コメント)
「つぶやく」のは、自分に決まっている。
修正訳: 自分に言い聞かせた
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(原文p672) * 日本語表現
He reached for
the paper and pretended to read it, but soon he was searching furtively among the
radio programmes for the evening. He put his finger under a line
which said ‘8.30 symphony Concert. Brahms Symphony No. 2’.
(原文p57)
彼は新聞に手を伸ば
してそれに眼を通すふりをした。けれどもすぐ、その夜のラジオ欄
をこそこそ盗み見ていた。“八時三十分―シンフォニー・コンサート、ブラームス、交響曲第二番”と書かれたところを指で押さえていた。
(コメント)
「盗み見た」わけではない。この search は自動詞「探す」SVM(M= among …)の形。furtively
は「こそこそ」の意味があてはまることもあるが、「何か後ろめたさをもってすること」。この場合であれば、誰もいない観客に対して指揮者の真似を、ラジオ
での演奏を元に自分でやろうとしていることに、後ろめたさを感じているのだ。
修正訳: ラジオ欄にそわそわと目を移した。
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(原文p674) * 日本語表現
But the
thunderous applause and the cheering which came at the end of the
symphony was the most
splendid thing of all.
(原文p60)
しかしなんといって
も終結部の万雷の拍手が一番喚起的だった。
(コメント)
何を喚起させるのかが分からない。
修正訳: 圧巻だった
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(原文p678) * 日本語表現
Mr Botibol
turned and saw standing beside him at the counter a squat, short-legged
girl with a face as plain
as a pudding.
(原文p67)
ボティボル氏が振り
向くと、彼の横のカウンターのまえにプディングみたいに平凡な丸
顔の、ずんぐりした、脚の短い女が立っていた。
(コメント)
間違いではないが、「平凡な」がいわば立ってしまう感じ。
修正訳: 地味な
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(原文p682) ** 比較級
That’s
better, she thought. That’s much better. Now I know it’s all right.
(原文p75)
だいぶよくなったわ、と彼女は心の中で思った。さっきよりずっとよくなっ
た。まともになった。
(コメント)
一緒に演奏してくれと強く迫るのでいささか引き加減になっていたところ、
自分の配慮のなさをボティボルが詫びたので、彼女が感じた心の声。すこしずれている。
細かく言えば、that
は直前のこと(ここでは、彼が少しまともになったこと)、it
は文中で問題になっていること(ここでは、自分が申し出を受けるかどうか)。
修正訳: この様子ならいいかも、と彼女は思った。うんずっといい。
いいわやりましょ。
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