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第12回 (6月下旬号)『ビクスビー夫人と大佐のコート』②
by 柴田耕太郎
PDFデータ
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  文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。全11編を月二回、一年かけて点検してゆく。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
  冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
誤訳度: *** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)
ビクスビー夫人と大佐のコート
[ストーリー]
ビクスビー夫人はニューヨーク在住の歯科医の妻。月に一度、伯母の介護という名目でボルチモアに出かけ、そこで「大佐」と呼ばれる渋い中年男と逢瀬を楽しんでいた。やがて別れがやってきてが、手切れ金代わりに高価なミンクの毛皮をもらったビクスビー夫人は、質札を拾ったことにして夫への説明を切り抜けようとする。ところが、夫のほうが一枚上手だった…。
前置詞:***
Tally-ho! the Colonel would cry each time he met her at the station in the big car.
「タリホウ!」大佐は駅に彼女を出迎えるたびに大型の自動車から叫ぶのだった。

[解説]
「…から」なら、
from out of を使うはず。この in は、「…に乗って」の意味。交通手段としての乗り物はおおまかに言って、立っていられる大きなものなら on を、座ってすっぽり収まるものなら in を使う。
大型車に乗って、駅で彼女を出迎える、そのたび毎に、大佐は「タリホウ!」と叫ぶのを常とした、ということ。

「タリホウ!」大佐は大型車に乗ってきて、駅に彼女を出迎えるたび、こう叫ぶのだった。
名詞:***
But then the Colonels company always did that to her these days. The man had a way of making her feel that she was altogether a rather remarkable woman, a person of subtle and exotic talents, fascinating beyond measure;
しかし、最近は、大佐の仲間がいつも彼女をそんな気持にしてくれるのだ。その男は、彼女に、自分は人眼を惹く女で、繊細な、異国風の魅力に恵まれた、はかり知れないほど魅惑的な女性だという気持にさせてくれる。

[解説]
ここで初登場の「大佐の仲間」「その男」が、この後まったく出てこないのを、訳者は不思議に思うべきだった。company は、集合名詞的に使われ無冠詞。「だれだれさん」といった具体的な人を指しはしないで、「仲間づきあい(またはその相手)」といった意味合い。did は本動詞で「もたらす」、that は直前に述べられた「今回の密会が楽しかったので、ウキウキしていること」。
下線部の直訳 とはいえ、大佐との仲間づきあいは、このごろ彼女にとっていつも気分のよさをもたらした。この大佐という男は、…
下線部の意訳 とはいえ、大佐といるとこのごろはいつもそうなのだ。この男は、…
代名詞:***
; and what a very different thing that was from the dentist husband at home who never succeeded in making her feel that she was anything but a sort of eternal patient, someone who dwelt in the waiting-room, silent among the magazines, seldom if ever nowadays to be called in to suffer the finicky precise ministrations of those clean pink hands.
自分はいつまでたっても患者みたいなものだという気持にしかしてくれない歯科医の良人とは、なんと大きな違いだろう。ちかごろは、あの清潔な桃色の手で気むずかしい、几帳面な診察をしてもらう患者もめったに訪れず、待合室で雑誌にかこまれて押し黙っている誰かさんとは、なんと大きな相違だろう。

[解説]
someone sort of eternal patient の言いかえなのがわかっていないので、訳がおかしくなっている。元訳では、「歯科医の夫」=「誰かさん」と読めてしまう。
全体の直訳 自分はある種の永遠の患者、つまり、雑誌に埋もれ静かに待合室に居住し、あの夫の清潔なピンクの手の難しい繊細な施術を受けるために中に呼ばれることが、最近ではあったにせよめったにない人間でしかない、と彼女に感じさせてしまう、家にいる歯科医の夫とはそれはなんと大きく違ったことであることか。
全体の意訳 家にいる歯科医の夫とはなんと大きな違いだろう。夫といると、自分は待合室で雑誌に埋もれ永遠に順番を待つ患者ではないかと思ってしまう。内に呼ばれあの清潔なピンクの手で施される繊細なご奉仕も受けることも、そういえばこのところとんと無いのだ。
名詞:**
There was some tissue paper on top;
上にティッシュペイパーがのっている。

[解説]
この場合の
tissue paper は「薄葉紙」(高級薄物衣料品を傷つけぬよう覆う紙)。いわゆるティッシュペイパーは tissue (paper)facial tissue
修正訳 上に薄紙がのっている。
名詞:
And the sense of power that it gave her!
そして、そのコートは彼女に魅力を感じさせたのである!

[解説]
ちょっと、ずれる。

直訳 そしてそのコートが彼女に与えた力の感覚!
意訳 これを着ると、なんと力がみなぎることか!
イディオム:***
What you lose on the swings you get back on the roundabouts.
ひとがあっさり失うものを、あたしはもってまわったような失いかたをする

[解説]
元訳では、意味がわからない。
これはイディオム
「悪いことがあればよいこともある」「苦あれば楽あり」

形容詞:**
Its purely personal.
「ほんとうにわたしのものなんだから」

[解説]
ミンクのコートを質入れする際、店主に住所氏名を求められ、無記名にしてほしいと頼んだあと、ビクスビー夫人がいう台詞。
この
personal は、「所有」でなく「かかわりごと」の意味。
修正訳 全く個人的なことですから。
イディオム:*、名詞:**
But Mrs Bixby knew better. The plumage was a bluff.
しかし、ビクスビー夫人のほうが一枚うわてだった。羽毛ははったりなのだ。

[解説]
省略された than 以下(夫が自分の身につけるものに腐心すること)に対し、それより知識・経験などが優れている、ということ。
直訳 しかしビクスビー夫人は夫より良く物事を心得ていた。
修正訳 しかし、ビクスビー夫人はお見通しだった。

また、「羽毛」とあるが the plumage は(夫の)「儀式張った服装」のこと。
修正訳 凝った服装ははったりなのだ。
代名詞:***
I think its terribly exciting, especially when we dont even know what it is. It could be anything, isnt that right, Cyril? Absolutely anything!
It could indeed, although its most likely to be either a ring or a watch.
ほんとうに、品物はあるんでしょうね、シリル? いいえ、ぜったいにあるんだわ!
そりゃあるとも。もっとも指輪か時計らしいけどね

[解説]
この anything は「何でも」が辞書的な意味だが、「何でも」のうち「自分が期待できるもの」の気持ちが入るので、実質的に「たいしたもの」の意味。
直訳 「何でも考えられ得るわね、シリル? 全くどんなものでも!」
「実際、考えられ得るさ、でもたいていは指輪か時計のことが多い」
修正訳 「きっとすごいものよ、そうじゃないシリル?ぜったいにすごいもの!」
「確かにすごいものかもね。でもたいていは指輪か時計のことが多いけど」
副詞:***
Because Im too busy. Youll disorganize my whole morning schedule. Im half an hour behind already.
「だって、ぼくはすごく忙しいんだ。きみが来れば、ぼくの午前のスケジュールがすっかり狂っちゃう。あと三十分しかないからね

[解説]
この behind は「(時刻に)遅れて」の意味。
修正訳 今だって30分遅れてるんだから。
名詞前置詞
Isnt it a gorgeous day. Miss Pulteney, the secretary-assistant, came sailing past her down the corridor on her way to lunch.
「すばらしい日じゃありません?」バルトニイ嬢はちらりと微笑をうかべながら、そういってすれちがった

[解説]
ここ、名前が重要なわけではないのでこのままでもよいが、正しくは「パルトニー」。
past her の前後の位置関係がわかりにくいが読み解くと、こうだ。(パルトニー嬢が)やってきて、ビクスビー夫人の傍らを颯爽と過ぎ、昼食をとりに出かけるべく廊下を遠ざかってゆく。訳はこのままでよいだろう。
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