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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度(または悪訳度)を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
今回取り上げるのは、『あなたに似た人』(早川書房、田村隆一・訳)のなかの『南から来た男』(MAN FROM THE SOUTH)
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誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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南から来た男
[ストーリー]
ジャマイカの避暑地のホテル。プール脇でくつろぐ私の席の隣に小柄な老人とアメリカ海軍兵学校の練習生が腰掛ける。練習生自慢のライターを巡って、十回続けてライターが点くかどうかの賭けを老人が提案する。自分が負ければロールスロイスを渡す、でも練習生が負けたらその小指をいただく、と。ホテルの部屋でのこの賭けの最中、ひとりの中年女性が飛び込んできて、ロールスロイスは自分の持ち物、この男からは自分がすべてを賭けで取り上げたのだ、と言う。車の鍵を受け取るその女の手を見やると、指が一本しか付いていない…。 |
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●to不定詞:* |
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It was very pleasant sitting there in the sunshine with beer and cigarette. It was pleasant to sit and watch the bathers splashing about in the green water.
こうしてビールと煙草を手にしながら、陽にあたって坐っているのは、なかなか捨てがたいものだな。それに、グリーンの水の中で、水遊びしている人たちを眺めているのも、こころよいものだ。
[解説]
it — to 〜は、現在から未来のことを示し、it — 〜ing は、過去から現在のことを示す。この原則をあてはめれば、文頭は「坐っているのは」でよいが、下線部を直訳すれば「坐って眺めるということは」で、上記訳とは時制が異なる。
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●形容詞:** |
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‘No, no. I make you a very good bet. I am rich man and I am sporting man also. Listen to me. Outside de hotel iss my car. Iss very fine car. American car from your country. Cadillac --- ’
「イヤイヤ、そうじゃない。ワタシはアンタに、タイヘンイイ賭をしてあげたい。ワタシは金持ちです。おまけにワタシはなかなか話せる男だ。マア、オキキ、このホテルのオモテに、ワタシの車が駐めてある。とても立派な自動車ですよ。アンタのお国から来た車。アメリカの車、キャデラック…」
[解説]
sporting は(1)スポーツ好きの (2)正々堂々とした (3)賭博的な。文脈から判断せねばならない。「結構な額の賭(キャデラック)」を提案する、「金持ち」で sporting man なのだから、(3)ととるのが順当ではないか。
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●名詞:** |
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The little man leaned back, spread out his hands palms upwards and gave a tiny contemptuous shrug of the shoulders, ‘Well, well, well,’ he said. ‘I do not understand. You say it lights but you will not bet. Den we forget it, yes?’
ちいさな老人は、からだをうしろにそらせると、両手をヤシの木の方にひろげて、さも軽蔑したように肩をすくめてみせた。
[解説]
palm は(1)椰子 (2)手のひら。ここは hands palms を upwards に spread outする(両手の手のひらを上向きに広げた)、と読む。
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●名詞:** |
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He had pale, almost colourless eyes with tiny bright black pupils.
この男の眼ときたら、ほとんど無色といっていい白眼と、キラキラ輝く、ちいさな黒い瞳だった。
[解説]
eye は(1)広義で「眼の部分全体」 (2)中義で「瞳」 (3)狭義で「瞳孔」、のうちここでは(2)。pupil は「瞳孔」。日本語の「白目(眼)」は「眼の部分全体から瞳を除いたところ」。瞳が薄い色をしているが、その真ん中の瞳孔は黒く輝いているのだ。
修正訳: |
この男の瞳の色は薄いくせに、真ん中がなにやら黒く輝いているのだ。
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●代名詞:** |
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The little man handed round the Martinis. We stood there and sipped them, the boy with the long freckled face and the pointed nose, bare-bodied except for a pair of faded brown bathing shorts; the English girl a large-boned fair-haired girl wearing a pale blue bathing suit, who watched the boy over the top of her glass all the time; the little man with the colourless eyes standing there in his immaculate white suit drinking his Martini and looking at the girl in her pale blue bathing dress.
I didn’t know what to do make of it all.
ちいさい男は、私たちにマルティニをくばった。私たちは立ったまま、マルティニをすこしずつ飲んでいた。とがった鼻と、ソバカスだらけの長い顔の青年は、色あせた茶色の海水パンツをはいているだけだった。体格のいい、金髪のイギリス人のお嬢さんは、うすい水色の水着のまま、マルティニのグラスごしに、青年の顔からかたときも目をはなさない。純白の、見事なスーツを身につけて立っている、ちいさな男は、マルティニをすすりながら、あの無色にちかい眼で、水色の水着のままのお嬢さんをジロジロと見ているのだ。これはいったい、どういうことになるものか、私にはさっぱり見当もつかない。
[解説]
make A of B は「BからAをつくる」→「BをAのように思う」。what to make of it all の主語は I(what I am to make of it all)。直訳すれば「私はそれ(it)をいったいどう考えるべきか(分らなかった)」。例:What are we to make of these figures? (こういう数字を我々はどう考えたらいいのか)。it は「いま文中で問題になっていること」だから、ふたつのセミコロンで結ばれた前文全体(皆が黙ってマティニーをちょびちょびやっている、なんともいえない情景、のこと)。意訳するしかないが、「どうなるものか」とは違うだろう。
修正訳: |
これはどうしたものか、思い及ばなかった。
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●副詞:* |
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The boy said, ‘Will you please count aloud the number of times I light it.’
青年が言った、「あのーぼくが火をつけた回数を、大声でカウントしていただけませんか」
[解説]
「大声で」は loud 。aloud は「声に出して」。
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