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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。全11編を月二回、一年かけて点検してゆく。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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* |
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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豚
[ストーリー]
レキシントンは生後2ヶ月で孤児となり、大叔母のグロスパンに育てられた。菜食主義者のグロスパンの手ほどきで料理を習い、腕前をめきめき上げた。その叔母が死ぬと、遺言に従いレキシントンはニューヨークに出かけた。この地で遺産を相続し、さらに料理修行に励むつもりだった。ところが、菜食しかしていないレキシントンは、はじめて食べた豚肉の旨さにとりつかれる。豚肉の仕入先を求めて、屠殺場に赴くが、どうしたことか豚を絞め殺すためのベルトコンベアーに乗せられてしまう。哀れなレキシントンの運命は…。 |
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●形容詞:*** ●イディオム:** |
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They had known her for two days, that was all, and she had a thin mouth, a small disapproving eye, and a starchy bosom, and quite clearly she was in the habit of sleeping too soundly for safety.
二人があの女と暮したのはたった二日、たったそれだけ、知っていることといえば、薄い唇、それと認めがたいような小さな眼、骨ばった胸、それに、ぐっすりと実によく眠る女だということぐらいだ。
[解説]
英和辞書を引くと disapproving:形容詞「不満の、不賛成の」とある。『「小さな不賛成の眼」…「小さい目に対し人が不賛成である、ということか」…「小さくてよく見えない眼」ということだな。』そう考えて「それと認めがたいような小さな眼」との訳にしたのだろう。現在分詞形の形容詞は誤訳の元となることが多い。辞書にでている意味があいまいだからである。おっくうがらずに、次のように考えるくせをつけるとよい。
(1) |
他動詞の現在分詞形の形容詞は「人を…させる(する)」。
例:interesting person(人《自分も含まれる》を面白がらせるひと《当人》→《自分を含めた一般の人にとって》面白いひと) |
(2) |
自動詞の現在分詞形の形容詞は「…している」sleeping baby(眠っている赤ん坊)。 |
disapprove には自動詞と他動詞両方あるが、ここは他動詞(her eye disapproves others:彼女の眼は他人を認めない、と読める)だから、直訳すれば「小さな、他人を好ましく思わない眼」。ついでに eye が単数なのは、単数で全体を示す代表単数の使い方。別に、片目なわけでない。
too 〜 for O は「(人・事)にとって〜すぎる」
例:too beautiful for words (言葉にするには美しすぎる→美しすぎて言葉にできない)
意訳 |
いつも文句がありそうな小さな眼/安全が心配になるほど熟睡する |
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●前置詞:*** ●動詞:* |
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Then, holding it by the toe, he flung it hard and straight through the dining-room window on the ground floor.
それから、そいつを爪先にひっかけて、力一杯けりあげ、一階の食堂の窓へぶちあてた。
[解説]
hold 物 by 部分「物の部分をつかむ」。by は位置を示す前置詞。
修正訳 |
それ(靴を指す)のつま先のところをにぎって |
「爪先にひっかけて」としたものだから、「けりあげる」と続けざるをえなかったのだろう。
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●冠詞:*** |
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He knew from experience that women like very much to be kissed in this position, with their bodies held tight and their legs dangling in the air, so he went on doing it for quite a long time, and she wiggled her feet, and made loud gulping noises down in her throat.
こういうふうに、お互いが固く抱きあい、両脚をだらんとしてキスするのが、この女性は大好きなのだということを、経験上ようく知っていたから、彼のキスは入念をきわめ、長かった。
[解説]
women は可算名詞の総称用法で「女なるもの」(女性というもの)。前の that は knew の目的語となる名詞節を導く接続詞。
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●名詞:*** |
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The news of this killing, for which the three policemen subsequently received citations, was eagerly conveyed to all the relatives of the deceased couple by newspaper reporters, and the next morning the closest of these relatives, as well as a couple of undertakers, three lawyers, and a priest, climbed into taxis and set out for the house with the broken window.
二人が殺されたというニュースは、三人の警官がつづいて感状をもらったことから、新聞記者たちの手によって、直ちに故人の親類すべてに伝わり、その翌朝、特に近親の者たちは、二、三の葬儀屋、三人の弁護士、それに一人の牧師ともども、タクシーに乗って、この窓の破れた家へ馳せつけた。
[解説]
無実の市民を殺して「感謝状」をもらえるはずがあるまい。この citation は
(1)引用(文)、(2)感状、(3)召還、のうち(3) 。
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●名詞:*** |
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She was a strict vegetarian and regarded the consumption of animal flesh as not only unhealthy and disgusting, but horribly cruel.
厳格な菜食主義者である彼女は、動物たちの病気も、ただ具合が悪いとか元気がないということばかりではなく、ひどく凶暴になるということまで、きちんと始末するのだった。
[解説]
consumption を「体力の消耗」ととったようだ。でもそれでは意味が続かない。ここは「動物の肉を食べること」
修正訳 |
肉食は不健康でおぞましいばかりでなく、とても無慈悲なことだと考えていた。 |
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●名詞:** |
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Then take this certificate to my lawyer, a man called Mr Samuel Zucker-mann, who lives in New York City and who has a copy of my will.
そして、その死亡診断書をわたしの弁護士、サミュエル・ザッカーマンさんという人の所へ持ってお行き。その人はニューヨークに住んでいて、わたしの遺書をあずかっているはずだからね。
[解説]
「遺書」では自殺でもするみたいだ。死後のため、あらかじめ言い遺すことをまとめた書付だから「遺言」のほうがよいだろう。
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●動詞:*** |
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‘Never undertip a tax inspector or a policeman,’ Mr Zuckermann said.
「税官吏やお巡りに袖の下を使うのと、わけがちがいますぞ」とザッカーマン氏はいった。
[解説]
undertip は「チップを惜しむ」こと。never=not ever。ever=at any time。
not 〜 or −は両者否定(〜 でも−でもない)。
修正訳 |
課税官と警官には決してチップを惜しまんことです。 |
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●イディオム:*** |
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The youth, who by this time was delighted to be getting anything at all, accepted the money gratefully and stowed it away in his knapsack. Then he shook Mr Zuckermann warmly by the hand, thanked him for all his help, and went out of the office.
いまはもう何でも手に入る気になって、すっかり浮き浮きしている少年は、大喜びで金をもらい、それを背負い袋の中へしまいこむと、ザッカーマン氏の手を暖かくにぎりしめ、氏の援助に心から礼をいって、オフィスから出た。
[解説]
be getting は確実な近未来「手に入る」。anything は「何でも」ではなく、「どんなものであれ」(何がくるか分からないが、とにかく手に入りさえすればよい、といった感じ)。at all は肯定文で「とにもかくにも」。
直訳 |
少年はこの頃までには、もう兎に角手に入る確実性があるものは何であろうと喜んで受け入れるつもりになっていて |
意訳 |
少年は今はもう、何でもいいから早く手にしたいという気になっていて |
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