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第68回 (11月号)
『アフリカの物語』AN AFRICAN STORY

(ロアルド・ダール作、早川書房刊『飛行士たちの話』所載。永井淳訳)
by 柴田耕太郎
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 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページ程の短いものが中心だから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
 冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
誤訳度: *** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)
『アフリカの物語』AN AFRICAN STORY
ストーリー
英軍飛行士がアフリカのキリマンジャロの見える人気のない高原に不時着し、そこで出会った老人に奇妙な話を聞く。元々この地には、老人とジャドスンという男の二人だけが住んでいた。ある日二人の飼っている牛の乳が出なくなった。老人が夜通し見張っていると、四メートルはあろうかと思われるマンバがあらわれ、牛の乳房に口を当て飲み始めたのだった。翌日老人はジャドスンに嘘をいう。現地のキクヨ族の子供が夜中に乳を盗みにきている、と。ジャドスンは牛の傍らに塹壕を掘り、見張りに付いた。真夜中マンバがやってきた。老人が「来たぞ」と叫ぶと同時にジャドスンは塹壕から飛び出し、盗人を棍棒で叩こうとするが、マンバと鉢合わせし、胸をかまれ七転八倒のあとあえなく死んでしまう。
(訳文p33―原文p211) 名詞

僻地に住む人々も数分後にはこのニュースを聞いて準備を開始した。
In farther places the people heard about it a few minutes afterwards, and they too began to prepare themselves.

(コメント)
 
The people in the island(本土)と前にある。それと対比させているのだ。
外地
(p33―p211) 名詞

東アフリカはケニヤの植民地に、白人の狩猟家で、飛行機や、谷や、キリマンジャロ山腹 のひんやりした夜を愛する若者がいた。
and in East Africa, in Kenya Colony, there was a young man who was a white hunter, who loved the plains and the valleys and the cool nights on the slopes of Kilimanjaro.

(コメント)
 「ケニヤの植民地」では「どの国の」と問いたくなってしまう。ここはイギリス領ケニア。 KとCが大文字になっていることでもわかるように、固有名詞化する。
東アフリカのケニア植民地
(p36―p212) 名詞

小屋の中にいるときも外にでたときも、のべつ汚れた白い飛行帽をかぶっていた。
On his head, whether indooprs or out, he wore a dirty white topee.
(コメント)
 
topee はインド風の日よけ帽。
白い日よけ帽
(p38―p213) 名詞
**
墓地を横切って小さなアカシヤの木陰で反芻している黒牛のほうへ向かった。黒牛はびっ こを引きながら草地を歩いてくる老人を眺めていた。
He went across the grass to where a black cow was standing in the shade of a small acacia tree, chewing its cud, and the cow watched him as he came limping across the grass from the shed.

(コメント)
 これはご愛嬌。校正ミスだろう。

草地
(訳文p39 原文p213) 難文

北のほうには白雪をいただくケニア山が聳え立ち、冷たい風が嵐を呼び、うすい白い粉 を吹きおろす山頂から、羽毛のような白い縞模様をしたたらせていた
Away in the north stood Mount Kenya itself, with snow upon its head, with a thin white plume trailing from its summit where the city winds made a storm and blew the white powder from the top of the mountain.

(コメント)
 直訳すれば、「
北の向こうにケニア山がそそりたち、上のほうに雪をかぶっており、the city windsが嵐をつくって山の頂 から白い粉を吹く頂上 から雪をうすい白い羽毛のようにしたたらせていた」このあたり便宜的に二文に分解すると、
A thin white plume is trailing from its summit.
The city winds made a storm and blew the white power
from the top of the mountain in the summit.
from が重なるのと、同義語 top summit が重なる点、これは悪文ではないか。また the city wind の意味が、調べても分からない(「きままな風」という感じかなとも思うが、分かる方おられたら、教えてください)。
それで永井は、上の訳のように誤魔化したのだろうが(実に、分からないところは、誰にとっても同じなのだ。フランス語原本で意味のわからない箇所を英訳本にあたったところ、やはり曖昧に訳してあった、との中村真一郎の述懐を以前読んだことがある)、この訳文では「冷たい風が嵐を呼び」がどこに掛かるか分からないので、ひょっとしたら誤訳では?と邪推されてしまう。原意をつかみきれない自信のなさが現れてしまったのだろう。誤魔化しは、堂々とやるべし。

渦巻く風が嵐となって白い粉を吹く山頂から、雪をうすい白い羽毛のようにしたたらせていた。
(p41―p215) 名詞

その晩老人は見張りを開始した。陽が落ちるやいなや、窓ぎわに陣取って古ぼけた十二番 口径のショットガンを膝に抱き、夜中にやってくる牛乳泥棒を待った。はじめは真暗闇で 牛さえ見分けがつかなかったが、まもなく半月と満月の中間の月が丘の上にのぼり、あた りは真昼のように明るくなった。
As soon as it began to get dark, he stationed himself at the open window with an old twelve-bore shot gun lying on his lap, waiting for the thief who came and milked his cow in the night. At first it was pitch dark and he could not see the cow even, but soon a three-quarter moon came over the hills and it became light, almost as though it was day time.

(コメント)
 たどたどしい表現だ。厳密さが問われる箇所でなし、大まかに。

満月に近い月
(p42―p215) 時制
**
突然、老人の頭がぴくっと動いた。なにか音が聞えた。たしかに空耳ではなかった。また もやあの音だ。
Suddenly he jerked his head. He heard something. Surely that was a noise heheard.Yes, there it was again, a rustling in the grass right underneath the window where he was sitting.

(コメント)
 ここ、少し前に一度音を聞いて、耳をそばだてていたのだ。その同じ音がふたたび聞こえ たのだ。

さっきと同じ音だ
(p45―p218) 掛かり方

その日ジャドスンは、畑を荒らさないように小さなアカシヤの木につながれている牛のそ ばに溝を掘った。
That day Judson dug his trench beside the cow which was to be tethered to the small acacia tree so that she could not wander about the field.

(コメント)
 掛かり方が分かりにくい。簡潔にする。

畑を荒らさないようアカシアにつないである牛
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