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文法力をつけたいが、無味乾燥な文
法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、
文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアル
ド・ダール(Roald
Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページ程の短いものが中心だから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に市販訳との優劣を競って
みてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げ
ます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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Vengeance
is Mine Inc.「“復讐するは我にあり”会社」 |
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(原文p686―訳文p85
*
可算名詞、** 代動詞
BThat
fixes Womberg,’ George said.
‘I think it’s a shame.’ I said. ‘That sort of thing could cause
a divorce. How can this
Pantaloon get away with stuff like that?’
‘He always does, they’re all scared of him. But if I was William
S. womberg,’ George
said, …
「ウォンバーグには手痛いことだな」とジョージは言った。
「恥だね、まったく。離婚にもなりかねない。しかしこのパンタルーンってやつはこんなことを書いて、よく無事でいられるもんだ」
「いつものことだからな。むしろみんな彼を怖れてるのさ。でももしぼくがウィリアム・S・ウォンバーグなら」とジョージは言った。
(コメント)
抽象的な
(u) shame (恥)が a shame
と可算名詞化され具体的なものに転化している。ここは、パンタルーンのコラムに書かれたのが「ウォンバーグにとって恥になること」。
修正訳: 赤っ恥だよ
get away with は、(よくないことで)罰せられずにやりおおすこと。does はその代動詞。
修正訳: 奴はいつもうまく切り抜けてるよ。
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(原文p690―訳文p93) ** 最上級
‘For
this,’ he answered gravely, ‘I will give up my lunch. I will set the
type myself. It is the least I can do.’ He laughed again and
the rims of his huge nostrils twitched with pleasure.
「そうなると」と彼
は渋い顔で言った。「昼飯抜きだな。おれが自分でタイプをセットするしかないからな。まあ、なんてことはないがね」そこで彼はまた笑い出し
た。ばかでかい小鼻がぴくぴくとひきつった。
(コメント)
直訳は「それは私ができる
最小限である」
修正訳: せめてそれぐらいはやってやろう
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(原文p691―訳文p95) * イディオム
The whole world knows that
it is foreign to the nature of the American people to permit themselves
to be insulted either in public or in private without rising up
in righteous indignation and demanding ―nay, exacting―a just measure of
retribution.
これは全世界のよく知るとこ
ろでありますが、公のものであれ私的なものであれ、不当な侮辱に対して、義憤を覚えて立ち上がろうとせず、適切な懲罰を要求、いや、強請す
ることなく、ただ黙認することほど、アメリカ国民気質に反するものはありません。
(コメント)
in public 公に、in private 内
密に
修
正訳: 公然とであれ個人的にであ
れ、なされる |
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(原文p693―訳文p98) ? * 形容詞
‘He said
Pantaloon’s movements are more or less routine. He operates at night,
but
wherever he goes earlier in the evening,
he always―and this is the important point― he always
finishes up at the
Penguin Club. …’
「そいつが言うに
は、パンタルーンは、毎日だいたい規則的な暮らしをしているということだ。夜に仕事をするんだな。でもどんなに早い時間に出かけても、彼は
いつも―いいか、ここが重要なんだ―彼はいつも最後には<ペンギン・クラブ>に立ち寄るそうだ。…」
(コメント)
earlier
は、現在もしくは問題となっている時刻より早めに、の意。元訳は比較の対象時間が見えない。比べているのは、ペンギン・クラブへ行く時間とではないか。wherever は譲歩で、どこに…とも。
修正訳: それまでどこに行ってい
ようとも
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(原文p694―訳文p100) *副詞句
Start
with Item 1, and if you are successful I’ll be only too glad to give
you an order to work right on through the list.
まず一から始め、それがうまくいくようなら、リストに
書いてある順に全部やってくださるよう注文致します。
(コメント)
work は
自動詞で、機能する。right は副詞で、すっかり。on は副詞で、ずっと。through
は前置詞で、前面に渡って(貫通)。順番でなく、全部やれと言っている。
修正訳: リストの全項目をつつがなくお願いしましょう。
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(原文p701―訳文p114) * 名詞
‘We will have a
house at Palm Beach,’ he says, ‘and we will entertain upon a lavish
scale. Beautiful socialistes will loll around the edge of our
swimming pool sipping cool drinks, …’
「パーム・ビーチに家を買って、豪勢に客をもてなそうぜ。ぼ
くらの家のプールには、上流階級の可愛い子ちゃんが集まっててさ、冷たい飲みものなんか飲んだりして、プールサイドでごろごろしてるんだ。
(コメント)
「可愛子ちゃん」では蓮っ葉すぎないか。socialite は、社交界の紳士、淑女。
修正訳:
社交界の花形
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(原文p701―訳文p114) **代名詞
‘… and perhaps, in time to
come, perhaps we might even get ourselves mentioned in Lionel
Pantaloon’s column.’
‘That would be something,’ I said.
‘Wouldn’t it just,’ he answered happily. ‘Wouldn’t that just be
something.’
「…。そんなふうになったら、いつかはライオネル・パンタ
ルーンのコラムに、載るようになるかもしれないな」
「そうなりゃちょっとしたもんだな」とぼくは言った。
「ああ、まったく」とジョージは嬉しそうに答えた。「そうなりゃちょっとしたもんだよ」
(コメント)
代名詞は誰もがおろそかにしやすいものだが、とても大事だ。
ここ正確に読まないと、オチがつきにくい。
代名詞の原則:
that は、直前のものを
指す
this
は、直前、直後のものを指す
it
は、今文中で問題になっていることを指す。it のほうが that, this より抽象度が高い。
これを上記の文にあてはめる。
最初の that は、前節 perhaps
we might even get ourselves mentioned in Lionel
Pantaloon’s column. (俺たち自身が、ライオネルのコラムに取り上げられるかもしれない)。
次のit は、That would be something.(そ
うなったらすごいぜ)を受ける。
最後の that は、最初のthatと同じものを指す。
Wouldn’t it
は、否定疑問文の反語。just は強調。例:How
angry would he be? Wouldn’t he just!「どれぐらい奴、怒るかな」「怒るの怒らないのって!」。something は、大したこと。
修正訳:
「そのうちよ、俺たち自身が奴のコラムに載るかも知れねえぜ」
「載ったらすげえな」
「すごいのすごくないのって」彼は嬉しそうに答えた。「そりゃもう大変さ」
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