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第1回 (1月上旬号) 『女主人』 その①
by 柴田耕太郎
PDFデータ
1. 2007年1月上旬号
2. 2007年1月下旬号
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1. 2007年1月上旬号
2. 2007年1月下旬号
  文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。全11編を月二回、一年かけて点検してゆく。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
  冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
誤訳度: *** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)
女主人 The Landlady
[ストーリー]
バースの町に赴任した青年ビリーは、ちょっとかわった中年婦人の家に下宿する。ほかにも二人下宿人がいるはずなのに、その気配がない。女主人との会話の中で、何年か前に失踪した学生たちとこの二人に共通項があるのに気づく。女主人を問い詰めようとすると、飲んだばかりの紅茶のせいか、意識が朦朧としてきた…。
イディオム
... it was about nine o'clock in the evening and the moon was coming up out of a clear starry sky over the houses opposite the station entrance.  

(バス駅へ着いた時にはもう)夜の九時、駅の出口の、向い側に並んだ家々のかなたから、澄み切って星々の輝く夜空へと、月が上ってゆく所だった。  

[解説]
「家々のかなたから…夜空へと」では、家並のずっと奥から夜空目指して月が出てくる、みたいだ。
over は、「全面的に覆って」の意味の前置詞。芝居の書割のような家並みの上に大きく夜空が広がっている様が感じられる。
come up は、「(太陽・月が)上る」の意味もあるが、ここは次の out of 「(運動・位置)中から外へ」と合わさり、「浮かび上がる」とするのが順当。「屋根の連なりの上に広がる夜空。その中から月がグイっと浮き出そうとしている」のだ。
直訳 「家々を覆う、星いっぱいの澄んだ夜空で、月がグイっと浮き出ようとしているところだった」
意訳 「家々のうえに広がる澄み切った夜空に月がぽっかりと浮かんでいた」
冠詞**
Briskness, he had decided, was the one common characteristic of all successful businessmen.  
てきぱきした態度こそは、成功した実業家すべてに共通した、ひとつの性格なのだと心に決めていた。
 
[解説]
one +名詞は、「ひとつの…」。the one +名詞は、「唯一の…」。これ、混同されがちだが、大きな違い。
「唯一の性格」  

副詞句**
Suddenly, in a downstairs window that was brilliantly illuminated by a street-lamp not six yards away, Billy caught sight of a printed notice propped up against the glass in one of the upper panes.  
と、六ヤードも進まぬうちに、街灯にあざやかに照らされた、ある家の階下の窓、その上段の仕切りガラスにとめてある、印刷した文字が、ビリイの眼にとまった。  

[解説]
not six yards away は、副詞句で a street-lamp を制限する。
「六ヤードと離れていない(ところにある)街頭に」
また、素人下宿がわざわざ「印刷した文字」を刷る必然性は感じられない。この
a printed notice は、「活字体の宣伝文」ととるのが自然。

イディオム
He had stayed a couple of nights in a pub once before and he had liked it.
 
彼は前にも一晩か二晩、パブに泊まったことがあったが、それは悪くない経験だった。
 
[解説]
a couple of nights は、二晩とは限らず「二、三の」「いくつかの」(四ぐらいまでの数字)の意味。「一晩か二晩」ではすこし足りない。
「何度か」
 
名詞**
The name itself conjured up images of watery cabbage, rapacious landladies, and a powerful smell of kippers in the living-room.
 
下宿屋という名前自身が、水っぽいキャベツや、強欲なおかみ、さては下宿人たちのものすごい臭いを彷彿とさせる。
 
[解説]
確かに
kipper には「若僧、ガキ」という意味もあるが、並列の具合からして「ニシンの燻製の臭さ」(英国ではよく朝食に出る)ととるのが筋。
 
名詞***
The old girl is slightly dotty, Billy told himself. But at five and sixpence a night, who gives a damn about that?
 
このおばさん、少しおかしいな、とビリーは思った。一晩五シリング六ペンスだなんて、そんなバカな話がどこにある
 
[解説]
自分にとってうれしいことに「バカな話」というのは日本語としていただけないが、まあ驚きの強調表現として許すとしても、原文と照らし合わせると流れを読み違えた誤訳であるのがわかる。
a damn は、名詞だが副詞的に働き、通常否定文で用いられ「少しも」「全然」の意味となる悪態表現。give a damn は、否定表現とともに用いられるイディオムで「全然気にかけ(ない)」。that は、前文の内容をさす。tell oneself は、イディオム「自分に言い聞かせる」。who 以下は、反語。
全体の直訳 「このおばさん、少しおかしいな」とビリーは自分に言い聞かせた。「でも、一晩五シリング六ペンスという点において、一体誰がそのことについて気にかけるだろうか、いや気にかけはしない」
全体の意訳 「このおばさん、ちょっとおかしいな、とビリーは思った。でも一泊五シリング六ペンスだぜ、そんなことどうでもいいや。」
仮定法***
'I should've thought you'd be simply swamped with applicants, 'he said politely.
 
「泊る人が殺到してお困りなんじゃないかと思いましたが」と彼はていねいにいってみた。
 
[解説]
should have p.p は、(1)…すべきだったのに(過去の反実仮想) (2)…したことだろうに
(過去の仮定推量)で、ここは(1)。
simply は強調(=very)。
直訳 「泊まりたい人が殺到するはずだと、思いやるべきでしたのに」
意訳 「忙しくしてらっしゃるのに僕なんかが来てすみません」
代名詞
And it is such a pleasure, my dear, such a very great pleasure when now and again I open the door and I see someone standing there who is just exactly right.
 
ときどき、扉をあけてみると、誰かがちゃあーんとそこに立っているのを目にした時は、そりゃあ、とてもうれしいの。
 
[解説]
someone は、who 以下で限定される要素を持つ「誰か」のことで、誰でもいいわけではない。just exactly も強調。right は、「ふさわしい」「適切な」の意味。
直訳 「(この家に)ぴったりふさわしい誰かが立っている」
意訳 「思ったとおりの人がい(てくれ)る」
動詞
I've put a water-bottle between the sheets to air them out, Mr Weaver.
 
わたし、空気を暖めるために、湯たんぽをシーツの間に入れときましたわ。
 
[解説]
air out は、「乾かす」。them は、sheets「(シーツを)温めようとして」
 
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