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今回は第3回、第4回『ウィリアムとメアリイ』の、表現として気になる部分を取り上げる。 |
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ウィリアムとメアリイ William and Mary
[ストーリー] ウィリアムはオックスフォードの哲学教授。癌に侵され、余命いくばくもなくなったとき、医師のランディに、脳だけを生かす実験に協力するよう頼まれる。これを受け入れる苦衷の決断をして死んでいったウィリアム。遺書で事の次第を読んだ妻のメアリイは、ランディ医師の病院に赴く。そこで彼女が見たものは… |
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●誤用 |
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The solicitor was pale and prim, and out of respect for a widow he kept his head on one side as he spoke, looking downward.
顔色の悪いとりすました様子の事務弁護士は、未亡人のご機嫌をうかがうように、伏し目になりながら、小首をかしげて話をした。
[解説] 「小首をかしげる」は「疑問、思案」を想起させるが、原文は「遠慮、ためらい」を含意している。それがわかるように、意訳するしかないだろう。 「未亡人への配慮からか、眼を見ずにうつむき加減で切り出した。」 |
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●意味ない強調 |
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I haven’t even begun and already I’m falling into the trap. So let me get started now;
私はまだ話をはじめてもいないのにすでに罠にかかっているのだ。だから、私もこれからはじめるとしよう。
[解説] 誰に対する「私も」なのかわからない。「だから」も因果が読めない。自分の気持ちを切り替える表現にすると流れがよくなるだろう。
「さあ、さっさと」
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●誤用 |
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I am sure he was expecting me to jump when he said this, but for some reason I was ready for it.
そういったとき、彼はきっと、私がとびあがるとでも思ったにちがいないが、どうしたわけか、私はそれを予期していた。
[解説] 「予期」は「前もっての予想」。ここは「ひどいことを言われても取り乱さない覚悟」のこと。 「私の心構えはできていた」 |
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●ことばのズレ |
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I’m at the stage now where I’m ready to have a go with a man. It’s a big idea, and it may sound a bit far-fetched at first, but from a surgical point of view there doesn’t seem to be any reason why it shouldn’t be more or less practicable.’
いまや、わしは人間に試してもいい段階まで来ている。大した研究だよ、これは。そりゃ、はじめはちょっと無理に思われるかもしれんが、外科の立場からみれば、まだ実行の段階でないという理由は、どこにもないようなのだ。
[解説]
far-fetched は「信じがたい」「荒唐無稽な」。「無理に」と意訳する必要はない。
「最初はちょっと信じがたく思われそうだが」 |
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●色の感覚 |
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There were some blue grapes on a plate beside my bed.
ベッドの横の皿に、青い葡萄がのっている。
[解説]
green と blue、青と緑は、日英語で範囲が微妙にずれる。葡萄の色は、我々日本人にすれば「暗紫色」(blue)または「淡緑色」(green)。
「紺色の葡萄」 |
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●擬人化の是非 |
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“Just lie still. Don’t move, I’m nearly finished.”
‘“So that’s the bastard who’s been giving me all those headaches,” the man said.’
「じっとしずかにねていたまえ。うごかしたりしちゃいかんよ。すぐ終るからね」 「『するとあの野郎のおかげで、頭が痛かったのだな』とその男はいった」
[解説]
the bastard は、この文の前にある「血のかたまり」を指す。擬人化するのはどうだろう。
「それのせいで」「そいつのおかげで」 |
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●多義の形容詞の語義選択 |
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The whole thing was just too awful to think about. Beastly and awful. It gave her the shudders.
一切のことがただただ、あまりのおそろしさに、考えることもできなかった。獣じみている上に、おぞましいことだ。
[解説]
亡き夫が脳だけを生かす実験に身を提供したことを知った妻の内面描写。
beastly は(1)獣のような(2)野蛮な、下品な(3)嫌な、など多義。ここでは(2)。
「下劣な」 |
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●慣用表現 |
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‘I want to speak to Mr Landy, please.’
‘Who is calling?’
‘Mrs Pearl. Mrs William Pearl.’ 「ランディ先生にお話があるのですけれど」
「どなたですか?」
「パール夫人です。ウィリアム・パール夫人ですわ」
[解説]
たとえば山田太郎・花子夫妻の細君のほうを正式に呼ぶには英語では Mrs Taro Yamada とするので、訳は間違っていないが、ふつうの日本人に抵抗ない呼びかたにしたほうが、翻訳としてはよいだろう。
「ウィリアム・パールの妻です」
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●リズム |
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What a queer little woman this was, he thought with her large eyes and her sullen, resentful air.
なんておかしな、小さな女なのだろう、と彼は思った。眼がでかくて、ぶあいそうな、怒りっぽい様子をして。
[解説]
訳語が長すぎて、意味が重くなってしまう。littleは意味範囲が広いが、ここは軽蔑的に 「けちな、チンケな、つまらない」に力点がある(queer を強調)ので「小ささ」をいいたいわけではない。
「変なばあさんだ」「変な女だ」といった所。 |
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●語義選択 |
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She was studying the eye closely, trying to discover what there was about it that gave it such an unusual appearance.
彼女は眼をしげしげと見ながら、このように異常な印象を眼に与えている原因を探ろうとした。
[解説]
夫が脳髄と目玉だけになって生きながらえている様を見ての、夫人の感懐を叙した部分。what(the thing which)以下が、二重制限の節(the thing which 〜 that −:〜でいて−であるもの)になっている。 直訳すると「彼女は二つの眼を細かく調べた。眼のまわりに存在しているもので、眼にこのような尋常でない様子を与えるものを、発見しようとしながら。」 「異常な印象」では、強すぎる。語義を広げて、訳語をつける。
「なんともおかしな感じ」 |
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●ことば足らず |
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‘And he can see me?’
‘Perfectly.’
‘Isn’t that marvelous? I expect he’s wondering what happened.’
「では、あたしが見えますの?」
「そりゃもう」
「すてきじゃありません?どんなことになったのか、不思議に思っているんじゃないかしら」
[解説] 間違いではないが、和文和訳しないと頭に入ってこない。
「すごいことね。彼、なにが起こったんだろうって、きっと思っているわ」 |
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●訳のズレ |
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‘It’s my husband, you know.’ There was no anger in her voice. She spoke quietly, as though merely reminding him of a simple fact. ‘That’s rather a tricky point,’ Landy said, wetting his lips. 「あたしの良人ですのよ」その声に怒りはこもっていなかった。まるで、ひたすら彼に単純な事実を思い出さようとするかのように、静かにいうのだ。
「そこが、どちらかといえば、まぎらわしいところですね」とランディはいって、唇をしめした。
[解説]
rather は通例、(1)あまりよくないことに関し(2)強いて選べといわれれば、の感じで(3)ふつうに思われるより意外と程度が高い、を示し、「かなり」「わりと」「むしろ」などの訳語を得る。tricky は「したり、扱ったりするのが、厄介である」こと。訳文は、少しズレている。
「そこがちょっと微妙なんですが」 |
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