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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。今回の題材はオスカー・ワイルド(Oscar Wilde)の短編『わがままな巨人』(The Selfish Giant)。俎上にのせる邦訳は西村孝次・訳『幸福な王子』(新潮文庫)より。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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悪訳度: |
*** |
致命的悪訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的悪訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲) |
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わがままな巨人 The Selfish Giant
[ストーリー] 美しい庭で遊んでいた子供たちは、持ち主の巨人に突然追い出される。だがそのとたん、庭は冬となってしまった。あるとき、庭の壁の穴をくぐって子供たちが入ってくると、庭はいっぺんに花が咲き乱れた。自分の意地悪を反省した巨人は、ひとりだけ木に登れないで泣いている小さな子に同情し、木のうえにそっと乗せてやった。だがその子はそれから一度も庭にやってこない。冬のある日、巨人が庭へ眼をやると、一本の木が金色に輝き、銀色の果実が実っていた。その下に、あの小さな子が立っていた。喜んで近づいた巨人はその子の手と足に釘の跡があるのに気づいた。そんなことをした奴を懲らしめてやると息巻く巨人に、その子は言った。「これは愛の傷。私を庭で遊ばせてくれたそなたを天国に案内しよう」。子供たちが庭にやってくると、花に埋もれて巨人は死んでいた。 |
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●形容詞:* |
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Ohe selfish Giant
わがままな巨人
[解説]
selfish にはいろいろな訳語があてられるが「わがままな」では「自分勝手」と読めてしまう。少し意訳になっても、タイトルが内容を示す訳語にしたほうがよいだろう。
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●形容詞:*、●動詞:*、 |
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The birds sat on the ‘trees and sang so sweetly that the children used to stop their games in order to listen to them. “How happy we are here!” they cried to each other.
鳥が木にとまって、とてもきれいな声で歌うので、子供たちはいつもその歌を聞くために遊びをやめるのでした。「ぼくたちはここでなんと仕合せなんだろう!」みんなは互いに叫び合ったものです。
[解説]
「仕合せ」ではおおげさすぎる。英語は意味範囲が広いことが多く、一義的に覚えている訳語では大げさになることがよくある。
例:scientific truth「科学的真実」→「科学的事実」。ここも「仕合せ」をもう少し日常語に落としたほうがよいだろう。
「互いに」と「(叫び)合う」は同義語。日本語はこの種の同義語反復を嫌がる。cry out なら「叫ぶ」でよいが単独の cry だけでは「大きな声を出す」の意味。
修正訳: |
「ここってほんとうに楽しいね」
みんな口々に声をあげました。
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●副詞:* |
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They used to wander round the high walls when their lessons were over, and talk about the beautiful garden inside. “How happy we were there!” they said to each other.
授業が終ると、いつも高い塀のまわりをうろついて、内側の美しい庭の話をするのでした。「ぼくらはあそこでなんて仕合せだったろう」と互いに語り合いました。
[解説] 「互いに」と「(語り)合い」も同義語反復。
修正訳: |
(「あそこってほんとうに楽しかったね」と)語り合うのでした。
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●口語:*、●受身:* |
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It was really only a little linnet singing outside his window, but it was so long since he had heard a bird sing in his garden that it seemed to him to be the most beautiful music in the world. Then the Hail stopped dancing over his head, and the North Wind ceased roaring, and a delicious perfume came to him through the open casement.
ほんとうは窓の外で、小さな紅雀がさえずっているにすぎなかったのですが、ずいぶん長いあいだ庭で小鳥が歌うのを聞いたことがなかったので、大男にはこの世でいちばん美しい音楽みたいな気がしました。すると霰が頭の上で踊るのをやめ、北風はうならなくなり、かぐわしい香りがあけ放った窓から流れこみました。
[解説]
話し言葉が地の文に混じって、おかしい。
「あけ放った」では行為主が問われてしまう。ここは受身形がよいだろう。
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