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第19回 (11月上旬号)『暴君エドワード』①
by 柴田耕太郎
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  文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された 『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画「007は二度死ぬ」の脚本家でもあるロアルド・ダール (Roald Dahl)の短編集「キス・キス」(KISS, KISS)。全11編を月二回、一年かけて点検してゆく。俎上に乗せる邦訳は開高健・訳『キス・キス』(早川書房)。
  冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、 解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
誤訳度: *** 致命的誤訳(原文を台無しにする)
** 欠陥的誤訳(原文の理解を損なう)
愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲)
暴君エドワード
[ストーリー]
ルイザとエドワードは初老の夫婦。あるとき庭仕事をしていて、見慣れぬネコに出会う。ネコを家に入れたまま、ルイザがピアノの稽古をしていると、ネコは曲によって異常な反応を示す。またあろうことか、ネコの顔には大作曲家リストと同じ位置にホクロがある。ルイザはこのネコがリストの生まれ変わりに違いないと思い込むが、エドワードはこの話に取り合わない。ルイザがネコいやリストのために晩餐を用意している間、エドワードはネコを伴って庭に出ていたようだ。肝心のリストはどこにいったのか、問い詰めるルイザがエドワードの腕に眼をやると、手首に一条の鋭い傷がある。あなた、まさか…、と逆上しそうになるルイザ。
並列:**
It was blazing fiercely, with orange flames and clouds of milky smoke, and the smoke was drifting back over the garden with a wonderful scent of autumn and burning leaves.
たき火は、オレンジ色の焔をあげ、ミルク色の煙をたなびかせながら、猛烈に燃えさかっていた。煙は秋のすばらしい香りを放ちながら、庭園いっぱいに漂い、木の葉をこがしている

[解説]
drift back over 〜 は、自動詞+副詞+前置詞句の形で、漂う→後ろへ(大まかな位置)→<庭を>覆って(具体的な場所)、と読む。
with 以下の掛かり方が次の四つにとれる。

(1)形容詞句として the garden を修飾。
a wonderful scent of autumn burning leaves の並列
autumn burning leaves の並列
(2)副詞句としてdriftingを修飾 ③ ④

(1) ①「秋の素晴らしい匂い燃える葉っぱのある庭」
②「
燃える葉っぱの素晴らしい匂いのある庭」
(2) ③「秋の素晴らしい匂い燃える葉っぱを伴って漂う」
④「
燃える葉っぱの素晴らしい匂いを伴って漂う」

引用文の前を読むとわかることだが、焚き火は庭を下った敷地はずれで焚いている。そこから斜面の上にある庭に煙がたなびいてゆくのだ。(1)
は、「燃える葉っぱ」が庭にあってはおかしいし、(1)は、「煙がそこに漂った」結果として「匂い」がするわけだから不可。(2)は、煙が「燃える葉っぱを伴う」はずがないのでダメ。(2)が正解。
また、
and は(1)autumn burnig を並列(秋の燃える、葉っぱ)(2)autumn burning leaves を並列(秋と、燃える葉っぱ)、の二つにとれそうだが、(1)であれば異種の形容詞は and もカンマもなしで並べるのが普通(autumn burnig leaves)であり、and を介在させ両者を強調する必要性もないことから、不可。(2)を採る。

下線部、直訳すると「
煙は、秋と燃える葉っぱの素晴らしい匂いを伴って、後ろの庭園を覆うように漂っていった。
元訳は並列の誤り以外にも、意訳したつもりなのだろうが、「煙」が「木の葉をこがす」ととれるのがよくない。
修正訳 こがした木の葉からでる煙は、秋のすばらしい香りを含みながら、庭園いっぱいに広がっている。
イディオム:***
Had she wanted she could easily have called again and made herself heard, but there was something about a first-class bonfire that impelled her towards it right up close so she could feel the heat and listen to it burn.
そうしようと思えば、もう一度良人を呼んでみるのはたやすいことだし、また今度は気がつかせることもできたのだろうが、そのすばらしいたき火には、なにか彼女をひきつけるものがあったのだ。あまりたき火に近づいたのでその火照りが感じられ、燃える音が彼女の耳に聞こえてきた。

[解説]
so thatcan(…できるように)の that が抜けた形。「それで」の so ではない。
直訳は「
しかし、第一級のたき火には、彼女がその熱を感じられ、かつそれが燃える音を聞けるように、彼女をしてそのたき火のほうのもっとずっと近くに駆り立てるなにものかがあった。
修正訳 そのすばらしいたき火には、なにか彼女をひきつけるものがあり、もっと近づいてその熱気を感じ燃える音を聞きたいという気持ちになった。
形容詞:**
Itll get burnt! Louisa cried, and she dropped the dishcloth and darted swiftly in and grabbed it with both hands, whisking it away and putting it on the grass well clear of the flames.
「やけどするわ!」とルイザは叫んで、ふきんをおとすと、軽々と身を走らせ、両手でネコを抱きあげたかと思うと、さっと身をひき、もうすっかり焼きはらわれた草地の上にそれを置いてやった

[解説]
whisk O away は「Oを(元のところから離して)さっと移動させる」。 it は、ネコ。訳はこのままでよいだろう。 clear を「きれいになる」ととって「焼きはらわれた」としたのだろうか?  clear of はイディオムで「…から離れて」。
修正訳 焔から十分離れた草地にそれを置いた。
形容詞:**
There was a veiled inward expression about the eyes, something curiously omniscient and pensive, and around the nose a most delicate air of contempt, as though the sight of these two middle-aged persons---the one small, plump, and rosy, the other lean and extremely sweaty ---were a matter of some surprise but very little importance.
眼には、妙にもの思わしげで、わけしりめいた表情をうかべ、鼻のあたりには、ほんのかすかながら、軽蔑の色をただよわせている。まるでこの中年の夫婦---小柄でぽっちゃりした、顔の赤い妻と、やせこけて、汗まみれの良人---が、気をまぎらわすにはまあ恰好の相手だが、大して重要な連中ではないといった風情なのだ。

[解説]
a matter of は(1)…の問題 (2)わずか、だが(2)は数量名詞を伴うので、ここは(1)。「いくぶん驚きの問題(対象)」→「(いることは)ちょっとした驚きであるにせよ
イディオム:***、 名詞:***
And after that---well, a touch of Liszt for a change. One of the Petrarch Sonnets. The second one---that was the loveliest---the E major.
そしてそのあとは---そうね、変化をもたせてリストの小品。『ペトラルカのソネット』のなかの一曲。それも二番目---これがいちばんすばらしいから---のホ短調。

[解説]
for a change はイディオム「気分転換に」。
the second one は、「ソネット第2番」(onesonnet)。「二番目のホ短調」でなく、「第2番ホ短調」(第2番=ホ短調)
修正訳 そしてそのあとは---そうね、気分転換にリストの小品。『ペトラルカのソネット』のなかの一曲。ソネット第2番---これがいちばんすばらしいから---ホ短調。
数詞:***
And lastly, for the encore, a Brahms waltz, or maybe two of them if she felt like it.
そして、おしまいはアンコールとしてブラームスのワルツか、気がむいたら、この作曲家たちの作品から一曲奏く。

[解説]
two Brahms waltz のうちの二つ。them Brahms waltz
修正訳 そして、おしまいはアンコールにブラームスのワルツを一曲か、気分が乗ったら二曲。
イディオム:***、 ●代名詞***
The animal, who a few seconds before had been sleeping peacefully, was now sitting bolt upright on the sofa, very tense, the whole body aquiver, ears up and eyes wide open, staring at the piano.
Did I frighten you? She asked gently. Perhaps youve never heard music before.
No, she told herself. I dont think thats what it is. On second thoughts, it seemed to her that the cats attitude was not one of fear.
ほんのすこし前までのどかに眠っていたネコはいま非常に緊張して、全身をふるわせ、耳をたてて、大きく見開いた眼でじっとピアノを見ながら、ソファに立っている。
「びっくりしたの?」と彼女はやさしく訊いた。「きっと前に音楽を聞いたことがないのね」
きっとそうなんだわ、と彼女はひとりごちた。そんなところだと思った。だが、ネコの様子から察するに、どうもこわがっているのではないらしい。

[解説]
tell oneself は「自分に言い聞かせる」。that は直前に述べられたこと。 it は文中で問題になっていること。ここでは that は、ネコが今はじめて音楽を聞いたこと。 it は、何でネコがブルブル震えているのかの理由。 on second thoughts は、「考え直して」。
直訳 いや、ちがうわ。と、彼女は自分に言い聞かせた。はじめて音楽を聴いたから、このネコが興奮してブルブル震えているのだ、とは思わない。考え直せば、ネコの態度は恐れの態度ではないように見受けられる。
修正訳 いや、そうじゃない、と彼女は思った。第一、このネコ、恐がっているように見えないもの。
非制限用法:
The final proof for her that the animal was listening came at the end, when the music stopped.
ネコが聴いているという決定的な証拠は、曲が終ったときやっと訪れた。

[解説]
「やっと」とは言っていない。 the endwhen the music stopped.

修正訳 曲が終ったときに訪れた。
●仮定法***
You like that she asked. You like Vivaldi?
The moment she
d spoken, she felt ridiculous, but not ---and this to her was a trifle sinister---not quite so ridiculous as she knew she should have felt.
「あんたは好きなの?」と彼女は訊いた。「ヴィヴァルディが好きなの?」
そういった瞬間、彼女はばかばかしい気になったが、といって…これは彼女にとってちょっといやだったが…自分でもそれは承知していたので、そうばかばかしい気はしなかった。

[解説]
仮定法がわかっていない。she should have felt は、「本来であれば彼女が感じるべきであった」。 knew は、認識して(いた)。 not quite は、部分否定。this は、直前・直後のことを受け得るが、ここでは直後のこと。
直訳 そう話したとたん、彼女はばかばかしく感じたが、---そして次のことは自分でもいささか不吉だったのだが---本来だったらそう感じて然るべきだと自分で認識しているほどにはばかばかしくはなかった。
修正訳 自分でも意外だったが、それほどばかばかしいとは実は感じていなかったのだ。
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