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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度(または悪訳度)を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。 今回取り上げるのは、『飛行士たちの話』 (早川書房、永井淳・訳)のなかの『あなたに似たひと』(SOMEONE LIKE YOU)。
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誤訳度(悪訳度): |
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致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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あなたに似たひと
[ストーリー] わたしは、同じ航空隊にいた旧友とカイロの酒場で再会する。度重なる航空戦のせいか、旧友は若いのにめっきりふけた。他愛のない話のなかで、旧友は意識的に爆撃の照準をずらしていると告白する。自分のその行為により、人の運命が変わりうることが恐ろしいのだと。わたしは、世の中は成り行きまかせなのだとなぐさめるが、彼の気持ちはおさまらない。酒場をでて、静かなバーに向かうふたりを街の夜霧が包む。
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●名詞:* ●名詞:* |
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He had been flying in France in the early days and he was in Britain during the Battle. He was in the Western Desert when we had nothing and he was in Greece and Crete.
彼は緒戦にはフランスで飛んでいたし、ブリテン防衛戦のころは本国にいた。イギリス本土が静かだったころは西アフリカの砂漠にいたし、ギリシャやクレタ島にもいた。
[コメント]
B が大文字で、固有名詞化している。the Battle は「バトル・オブ・ブリテン」。圧倒的に優位なドイツ空軍のロンドン侵攻を阻止するため、イギリス空軍が背水の陣で挑んだ空中戦のこと。
the Western Desert も語頭の大文字が固有名詞化を示している。the Desert といえば、世界最大の「サハラ砂漠」。その西部一帯ということ。
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●接続訳:* |
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His eyes were bright and dark. They were never still unless they were looking into your own.
目は黒く澄んでいて、相手の目をのぞきこむときのほかはいっときもじっとしていない。
[コメント]
unless は、以下に「例外事項」を導く(「…でもない限り」)。
元訳が間違っているとはいえないが、前後の対比が弱い。「…のほかは」は if not の訳にふさわしい。
修正訳 |
相手の目をのぞきこんでいる場合でもなければ
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●比較:** |
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Each time I go out, I say to myself, shall it be these or shall it be those? Which ones are the worst?
出撃のたびにおれは自問するんだ。こいつらにしようか、あいつらにしようか。いちばん悪いやつらはどっちだって。
[コメント]
ones は、前の theseとthose を指す。the worst は「悪いやつら」でなく「悪い状況」。つまり、どっちみち人を殺さねばならないのだが、どちらが最悪の殺人になってしまうか、思い悩んでいるのである。ちなみに、二者の比較でこのように最上級が使われることは結構ある。
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●イディオム:*** |
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Perhaps if I make a little skid to the left I will get a houseful of lousy women-shooting German soldiers, or perhaps if I make that little skid I will miss getting the soldiers and get an old man in a shelter.
左へちょっとずらせば、一軒の家にたてこもって女を狙い撃ちしている卑怯なドイツ兵どもを殺すことになるかもしれないし、あるいはそのためにドイツ兵を助けて、防空壕の年寄りを殺すことになるかもしれない。
[コメント]
a houseful of は「家いっぱいの」。women-shooting は「女を撃っている」。
修正訳 |
女を狙い撃ちしているドイツ兵を山ほど殺せる
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●固有名詞:** |
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Stinker had a dog, a great big Alsatian, and he loved that dog as though it was his father and his mother and everything else he had, and the dog loved Stinker.
スティンカーは犬を飼っていた。でっかいアルザシアンで、やつはまるで両親やほかの身内みたいにその犬を愛していたし、犬のほうもスティンカーになついていた。
[コメント]
Alsatian は、ジャーマン・シェパード、のこと。「アルザシアン」といわないこともないが、一般の読者にわかりやすい訳語を採るのがよい。
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●形容詞:* |
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We had a waiter who was very quick.
たいそう気のきく給仕が一人いた。
[コメント]
「気がきく」は、気配りがいいこと。ここは「客の需要をみて、さっと動く」のだ。
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●語義:*** ●動詞:*** |
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‘Jinking isn’t anything,’ I said. ‘It’s like not touching the cracks on the pavement when you’re walking along.’
‘Balls. That’s just personal. Doesn’t affect anyone else.’
「方向をずらすなんてどうってことはない」と、わたしはいった。「道を歩いているときに、舗装の割れ目をよけるようなもんさ」
「くだらんよ。要するに自分だけのことで、他人には関係ないのさ」
[コメント]
balls は「ばかげたこと」とか「ナンセンス」の意味。
that は「道を歩いていて割れ目をさけること」。
doesn’t の主語は省かれているが、that の内容。元訳では、会話がつながらない。
修正訳 |
ばかな。そんなのはまったく個人的なものだろ。他人に影響することなんてないじゃないか。
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●イディオム:*** |
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‘I’ll bet I have. Shall we have another drink?’
‘Yes, one for the road.’
「いやきっと殺してるさ。もう一杯飲むかい?」
「ああ、お別れの一杯だ」
[コメント]
one of the road は「帰り(別れ)の前に飲む一杯」のことだが、ふたりはここで分かれるわけではなく、店を代えるだけなのだ。それがわかるように訳す。
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●副詞+前置詞句:*** |
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We stood there waiting and we could see the lights of the cars as they came round the bend over to the left, coming towards us with the tyres swishing on the wet surface and going past us up the road to the bridge which goes over the river.
われわれはタクシーを待ちながら立っていた。左手の角を曲がって近づき、タイヤで水しぶきを散らしながら、目の前を通過して、川にかかった橋のほうへ遠ざかって行く車のライトが見えた。
[コメント]
元訳だと、「我々が道路に向かって立っている。その左手の先がカーブしている」と読める。
でもここ、細かく読めば、車がカーブを曲がってやってくる(they came round the bend)、向こうからこっちへ(over)、左方向に(to the left)、だから、「右手先の奥のほうから、車はこちらに向かってくる。右手手前あたりで、カーブを切り、我々の目の前を過ぎ、ずっと左にある橋のほうへと進んでゆく」ととるのが順当。
修正訳 |
右手の奥から走ってくる車は、手前で大きくカーブを切って私たちに近づき
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