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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度(または悪訳度)を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。 今回取り上げるのは、『飛行士たちの話』 (早川書房、永井淳・訳)のなかの『あなたに似たひと』(SOMEONE LIKE YOU)。
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誤訳度(悪訳度): |
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致命的悪訳(原文を台無しにする) |
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欠陥的悪訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的悪訳(誤差で許される範囲) |
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あなたに似たひと
[ストーリー] わたしは、同じ航空隊にいた旧友とカイロの酒場で再会する。度重なる航空戦のせいか、旧友は若いのにめっきりふけた。他愛のない話のなかで、旧友は意識的に爆撃の照準をずらしていると告白する。自分のその行為により、人の運命が変わりうることが恐ろしいのだと。わたしは、世の中は成り行きまかせなのだとなぐさめるが、彼の気持ちはおさまらない。酒場をでて、静かなバーに向かうふたりを街の夜霧が包む。
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前もいったが、永井淳は誤訳も悪訳も少ない、珍しい翻訳家だ。ただ、文章の彫琢のあとが見られず、翻訳の生産量を上げることに腐心しているらしいのが、惜しまれる。
そういうわけで、悪訳がこの短い作品では見当たらない。今回はケチをつけるのをやめ、たまにはよいところを褒めてみよう。 |
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It would just be a gentle pressure with the ball of my foot upon the rudder-bar; a pressure so slight that I would hardly know that I was doing it, and it would throw the bombs on to a different house and on to other people.
方向舵のペダルを足の親指の付け根でほんのわずか押す。自分でもそれと気がつかないぐらいのわずかな力だが、それだけで爆弾は別の家や別の人間の上に落ちてゆく。
[コメント]
訳しすぎ、訳しもらしがなく、簡潔に淡々と原文を写している。the balls(足指のふくらみ)など丹念に辞書を引かないと誤訳しそうな単語も正しく訳している。ご立派。 |
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‘Yes,’ he said, ‘it is a complicated thought. It is very far-reaching;
こいつは難しい問題だ。とりとめがなさすぎる。
[コメント]
complicated も far-reaching も意味範囲の広い単語だが、一義に収約させることなく、ふんわりなんとなく感じをつかんだ訳語にしている。ぼかすのも翻訳者の腕の見せ所。 |
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You see it is such a gentle pressure with the ball of the foot; just a touch on the rudder-bar and the bomb-aimer wouldn't even notice.
親指の付け根で方向舵のペダルを軽く押すだけだから、爆撃手だって気がつきやしない。
[コメント]
the bomb-aimer はどの辞書にも出ていないが、おそらく他のダールの短編(飛行機もの)をあたって、「爆撃手」の訳語を得たのだろう。こうした、丹念に調べることも、翻訳家の重要な仕事のひとつ。 |
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‘Hundreds of times,’ I said. ‘This is nothing.’
‘This is a lousy place.’
「何百回もだ」と、わたしはいった。「この店なんかどうってことはない」
「いやな店だ」
[コメント]
this が何を指すのか、わかりにくい。元訳でも意味はつながるが、私には、今まで二人でしてきた「照準ずらしの話題」ではないかと思われる。「何度も人を殺した」という同僚に表面同意し「何百回もだ」と応じた上で、「しょうがないじゃないか、もう切り上げよう」という意味の This is nothing. でないのか?相手も内心それに同意し、「いやな店だ」と話題を変えてくる。どうだろう?
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