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第6回 (6月下旬号) 『おとなしい兇器』② 
by 柴田耕太郎
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  文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
 
 『おとなしい兇器』は、このシリーズにしては珍しく誤訳・悪訳が少ない。この作品が載っている短編集『あなたに似たひと』は田村隆一の訳。他の短編は(すでに取り上げた『味』のように:実はそれでも誤りが少ない方)あやしい箇所がたくさんあるから、不思議だ。
 以前、他のところにも書いたのだが、下訳の出来がよかったのではないか。田村のやり方は、下訳を和文和訳する体のもの(関係者の証言)だったというから、下訳恐るべし、だ。
 田村訳の各短編の出来を比べてみたい(望むべくもないが、下訳者を明らかにした上で)が、それには当分時間が掛かるので、去年取り上げた開高健訳『キス・キス』の誤訳・悪訳数(基準を変えたので、本連載での指摘数とは若干異なる)を作品ごとに並べてみる。

明らかな誤訳:語法の無視/ 構文の取り違え/ 語義解釈の誤り、と
悪訳:原文と和文で理解の誤差が生ずるもの/ 日本語として不適切な表現/ 用語等の間違い、に分けて、『キス・キス』内の各短編を調べてみたところ、どうしても許せない誤訳・悪訳箇所---この判断は中野好夫のことば*に従う---だけで以下に記した通り。
*「この問題ではたしか中島健蔵が名言を吐いたことがあり、たしかそれは、『とにかく引用して恥をかかないだけの翻訳でありたい』というのであったように思う。すこぶる謙虚な、人間の限界を心得た名言だと思う」(『酸っぱい葡萄』みすず書房)
誤訳
悪訳
「女主人」(全9ページ)
7
7
「ウィリアムとメアリイ」(25)   
7
3
「天国への登り道」(12)
3
4
「牧師のたのしみ」(21) 
6
21
「ビクスビイ夫人と大佐のコート」(15)
11
15
「ローヤル・ジェリイ」(24)
14
5
「ジョージ・ポーギイ」(21)
21
7
「誕生と破局」(7)
4
2
「暴君エドワード」(17)
26
12
「豚」(17)
9
1
「ほしぶどう作戦」(18) 
10
4
誤訳の最悪は『暴君エドワード』
1ページ当りの誤訳が1, 5(最良は『天国への登り道』で0,25)
 悪訳の最悪は『牧師の楽しみ』
1ページ当りの悪訳が1,0(最良は『豚』で0,06)

 作品ごとの難易度は同じ作者のエンターテインメント作品だからたいしてないと思われるから、この作品による出来のばらつきを下訳の質に帰したい気がするが、読者の判断はどうだろうか。
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