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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
『おとなしい兇器』は、このシリーズにしては珍しく誤訳・悪訳が少ない。この作品が載っている短編集『あなたに似たひと』は田村隆一の訳。他の短編は(すでに取り上げた『味』のように:実はそれでも誤りが少ない方)あやしい箇所がたくさんあるから、不思議だ。
以前、他のところにも書いたのだが、下訳の出来がよかったのではないか。田村のやり方は、下訳を和文和訳する体のもの(関係者の証言)だったというから、下訳恐るべし、だ。
田村訳の各短編の出来を比べてみたい(望むべくもないが、下訳者を明らかにした上で)が、それには当分時間が掛かるので、去年取り上げた開高健訳『キス・キス』の誤訳・悪訳数(基準を変えたので、本連載での指摘数とは若干異なる)を作品ごとに並べてみる。
明らかな誤訳:語法の無視/ 構文の取り違え/ 語義解釈の誤り、と
悪訳:原文と和文で理解の誤差が生ずるもの/ 日本語として不適切な表現/ 用語等の間違い、に分けて、『キス・キス』内の各短編を調べてみたところ、どうしても許せない誤訳・悪訳箇所---この判断は中野好夫のことば*に従う---だけで以下に記した通り。
*「この問題ではたしか中島健蔵が名言を吐いたことがあり、たしかそれは、『とにかく引用して恥をかかないだけの翻訳でありたい』というのであったように思う。すこぶる謙虚な、人間の限界を心得た名言だと思う」(『酸っぱい葡萄』みすず書房)
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誤訳
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悪訳
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「女主人」(全9ページ) |
7
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7
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「ウィリアムとメアリイ」(25) |
7
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3
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「天国への登り道」(12) |
3
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4
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「牧師のたのしみ」(21) |
6
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21
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「ビクスビイ夫人と大佐のコート」(15) |
11
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15
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「ローヤル・ジェリイ」(24) |
14
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5
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「ジョージ・ポーギイ」(21) |
21
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7
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「誕生と破局」(7) |
4
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2
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「暴君エドワード」(17) |
26
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12
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「豚」(17) |
9
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1
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「ほしぶどう作戦」(18) |
10
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4
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誤訳の最悪は『暴君エドワード』
1ページ当りの誤訳が1, 5(最良は『天国への登り道』で0,25)
悪訳の最悪は『牧師の楽しみ』
1ページ当りの悪訳が1,0(最良は『豚』で0,06)
作品ごとの難易度は同じ作者のエンターテインメント作品だからたいしてないと思われるから、この作品による出来のばらつきを下訳の質に帰したい気がするが、読者の判断はどうだろうか。 |
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