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第47回 (9月上旬号)
シェイクスピア『ヘンリー4世』の翻訳 その③
by 柴田耕太郎
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【三訳の検討】

◆先達への依存(逍遥訳)

 前回述懐したように「坪内逍遥の訳が間違っていると、後からの訳もみんな間違っている」とは、演劇スズメが酒飲み話でささやき交わしていることだ。今回検証した既訳三種を比べると、いずれも2、4で示した「小学校の放課後…」の箇所その他が間違っている。

 「そうした意味で、ほとんど誤訳のしようもないのがシェイクスピアである。あれだけ注釈、研究が完備していたのでは、誤訳をする方が困難である。あれでまちがえば、よほどの愚物であり、単に正解というだけなら、およそシェイクスピアほど楽な作品はないかもしれぬ。」とは中野好夫の弁だが、するとここは「中世の小学校の放課後の風景」とでも諸註にでているのだろうか。

 その中野は、こうも言っている。「翻訳なんてあとからやったほうが良いに決まっている。でなければやる意味があるまい」。先人の訳を参照するのはおおいに結構だが、「和文和訳」するような態度はどうかとおもう。

 誰であったかイギリスの文豪が「シェークスピアの全集がある国が文明国なのだ」といったというが、それを信ずるならば、坪内逍遥が死んだ年、中央公論社版『新修シェークスピア全集』全40巻の完結した1935年をもって、日本は文明国になったわけだ。だが坪内逍遥は一篇につき一回の訳で満足していたわけではない。逍遥のシェークスピア訳は何度も改訂されており、浄瑠璃調、雅文調、歌舞伎調、文語口語交錯調、を経て口語調の決定版に落ち着いたのである。そのあとの訳者はいずれも逍遥の苦吟と試行錯誤を重ねた末に誕生した口語調を踏襲発展させている。誤訳箇所が皆同じでバレてしまうように、あとからの翻訳者アンチョコになっているという点だけでも、この先達の功績は大いにあろうというものだ。

◆中間訳の是非(中野訳)

 中野好夫は文庫版『ジュリアス・シーザー』のあとがきで、「上演と読み物の間を狙ってみた」旨を述べているが、そんな都合のよい翻訳はありえまい。舞台なら言葉のリズムと切れと早さが必要だし、読み物ならわかりやすさが優先されるからだ。仏文学者の辰野隆が語る、「(略)始めから終わりまで妙に気がさして観ていられなかった。一座の俳優の芸が観ていられないのではなく、僕らの翻訳の拙さ、甘ったるさが---原文も無論だが---どうにもこうにも我慢が出来なかったのである」といった謙虚さは、中野には見られない。中野にとっては、戯曲の翻訳は生活費稼ぎのひとつだったのだと思われる。

 「そういえば近ごろ、既訳の数種と自家の訳文とを並べて見せて、しきりと自家訳の優秀さを宣伝している翻訳家がいるそうである。誰だかは聞き落としたが、なんとかそんな愚物にだけはなりたくないと思っている。」これは福田恒存への皮肉(これを読んだらしい福田は、それでも戯曲翻訳論は必要だと、熱く語っている)だが、同じ英文学者でも、戯曲翻訳を芸のうちのひとつと考えた中野と、自分の香典はいらないから自前の劇場をつくる費用にカンパしてくれと知り合いに頼んだ福田の姿勢がでているのではないか。

◆日本語の破壊?(小田島訳)

 その福田は小田島雄志の翻訳をひどく腐している。その理由は英文和訳的、リズムがない、言葉が卑俗に流れている、等だが、特に声を大にしているのは、言葉遣いが正しくない、との批判である。

 「この間、小田島氏訳の『オセロー』を観ていた時、『耳に中傷を注ぐ』とか『中傷をでっちあげる』とかいう言葉が私の耳に注ぎ込まれ、すこぶる気になった。(中略)その時、『中傷』とは誰かを陥れる為に事実無根の事を他人に語る行為そのものを意味するのであるから、そういう行為を耳に注ぎ込んだり、でっちあげたりは出来ない、あそこは『中傷の言』『中傷の言葉』でなければならないと言ったのに対し、小田島氏は紙上で『あれでおかしくなく通用したらそれでいい』と答えていた。」の言は、その一例である。確かに、小田島訳は無理な日本語(主としてコロケーションがおかしい)が多い気がする。

◆三者の特徴

 そこで、多少舞台の現場も知っていて、自ら翻訳も手掛ける論者の意見を簡潔に述べてみよう。

 坪内訳は、当時の立派な口語日本語である。だが、在来の芸能日本語(歌舞伎などの表現、言葉)に擦り寄りすぎたため、現代では言葉が古めかしくなってしまっている。

 中野訳は、本人もいうとおり舞台と読書をかねようとするため、中途半端になってしまっている。上演用としては適さない。

 小田島訳は、福田のいうとおり、日本語として正しくない表現が多い。だからダメかというと、これが難しいところで本稿を書く動機ともなったものの一つなのだが、少なくとも早くしゃべるという点では優れているのである(戯曲を日本語に訳すと、どうしても長くなる。それを端折らずに出来るだけ原文の長さに近づけるのは、演劇の感興を維持するうえできわめて大切)。

◆朗誦に耐えるか

 さて、坪内逍遥、中野好夫、小田島雄志の訳文を、俳優に実際に読み比べてもらったら、どういう感想が得られるだろう。そう思って、ニナガワ・シェークスピアほかで活躍し、エジンバラ演劇祭では『あらし』のプロスペロー役で絶賛を浴びたベテラン俳優、壌晴彦に朗誦してもらった。

その際の条件は、次の如し:

台本を手にした立稽古を想定
別人の台詞に変わる際は一呼吸入れる
声音は変えない
台詞回しは壌の(i)標準速度 (ii)早回し速度、とする

その上で、次の評定をもくろんだ。
台詞を読み終わるのに掛かった時間(i)(ii)
台詞のしゃべりやすさ
アクションのしやすさ
聞きやすさ
説得性

その結果:
(i) 坪内訳(91秒)  小田島訳(92秒)  中野訳(97秒)
(ii) 小田島訳(75秒)  中野訳(80秒)  坪内訳(83秒)
壌によるしゃべりやすさの順番:中野→小田島→坪内
壌によるアクションのしやすさの順番:小田島→中野→坪内
論者とモニター(2名)による聞きやすさの順番:中野→小田島→坪内
壌と論者とモニターによる場面への同化しやすさの順番:どれも一長一短

全体としての壌晴彦の感想:

 坪内訳は、物足りないし現代語としてはしゃべりにくい。中野訳は、分かりやすいがしゃべりが講談調になってしまう。小田島訳は速くしゃべれるが台詞同士のつながりが感じられず覚えにくい。個人的には(『ヘンリー四世』の訳はないが)、読んでいて身の内から突き上げるように台詞が出てくるという点で、福田恒存の訳が好きだ。

 皆さんは、どう思われますか?

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