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文法力をつけたいが、無味乾燥な文
法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、
文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアル
ド・ダール(Roald
Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページ程の短いものが中心だから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に市販訳との優劣を競って
みてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げ
ます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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Skin
「皮膚」
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(原文p517―訳文p179) * 指示形容詞
The
old man who was called Drioli shuffled painfully along the
sidewalk of the rue de Rivoli.
あのドリオリという老人は、リボリ街の歩道を、さもいたいた
しげに、トボトボと歩いていた。
(コメント)
この短編の出だしだが、「あの」が唐突。この老人は、後を読んでも「あ
あ、あれね」と思う人間ではない。
修正訳: ドリオリという老人が
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(原文p517―訳文p179) * 掛かり方
He
moved on glancing without any interest at the things in the shop
windows ― perfume, silk ties
and shirts, diamonds, porcelain, antique furniture, finely bound
books.
店のウインドウにあ
る数々の品物を、興味のない眼で、とおり見ながら―香水、絹のネ
クタイ、シャツ、ダイヤ、焼物、骨董品、豪華な本など。
(コメント)
ダッシュが the
things の詳細を示す。カンマが列挙を示す。silk
は ties と shirts の両方に掛かる。
修正訳: 絹のネクタイとシャツ
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(原文p518―訳文p181) * 名詞
The Cite Falguire, that was
it!
シテ・ファギエール、そこだった!
(コメント)
エルの音が抜けている。
修正訳: シテ・ファルギエール
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(原文p518―訳文p181) * 名詞句
: the drunken
parties, the cheap white wine, the furious quarrels, and
always, always
the bitter sullen face of the boy brooding over his work.
酔っ払いたちの酒盛
り、安い白葡萄酒、はげしい争い、そしていつもい
つも、苦悩にみちた、無愛想な、絵にとりつかれている、あの子の暗い顔。
(コメント)
前後から仲の良い三人のこと
を言っているのが分かる。「はげしい争い」では、反目しあう者同士になってしまう。
修正訳: いさかい
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(原文p518―訳文p182) 二重の意味
‘And I have made nothing. We can
celebrate that also.’
「それから、ぼくは一文ももうからなかった。これも一緒に祝杯をあげよう
ね」
(コメント)
この前にある相手の、I
have made a great sum of money with my work. を受けての台詞。
make
は二つの意味を掛けていると思う。「金を生み出す」「物(作品)をつくる」。両方を含む日本語がないからこれでよしとするか。
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(原文p518―訳文p183) * 慣用句
But it was evening now and
he was wealthy as a pig,
…
しかし、もう夜だし、それに豚のように金持ちだった。
(コメント)
as a
pig は「とても」の比喩表現。そのまま豚のようにでは分からない。
修正訳: 相当な
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(原文p525―訳文p196) * 日本語
The tattoo was applied so
heavily it looked almost like an impasto. The boy had followed as
closely as possible the original brush strokes, filling them in solid, and
it was marvellous the way he had made use of the spine and the
protrusion of the shoulder blades so that they became part of the
composition.
刺青がしごく入念にほってあるので、もりあがった絵のように
見える。少年は、はじめに描いた下絵をできるだけ忠実に追って、ベッ
タリと、タッチのあいだというあいだを、さまざまな色で塗りつぶしたのだ。そして脊椎と肩甲骨の隆起をたくみに利用して、作品を効果的に仕
上げたその腕前は、じつにあざやかだった。
(コメント)
in
solid は「ベタ(隙間のないこと)」だろう。「タッチ」は筆遣いの意味だが、「あいだというあいだを」となじまない。
修正訳: 背の平面を掘って、さま
ざまな色で塗りつぶしたのだ |
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(原文p526―訳文p198) * 受動態
Then had come the second
war, and Josie being killed,
and the Germans arriving, and that was the finish of his business.
そのあと、第二次世界大戦になって、ジョシーは殺され、ナチがやって来て、彼の商売はあがったり
になってしまったのだ。
(コメント)
killが受け身で行為主が
示されない場合、「死んだ」とほぼ同義になる。
修正訳: ジョシーは死に
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(原文p526―訳文p198) **形容詞
It wasn’t very easy for an
old man to know what to do, especially when one did not like to beg.
Yet how else could he keep
alive?
これからさき、いったいどうすりゃいいんだ。ことさら、物を
人に乞うというようなことのできない人間にとって、いっそうつらいことだった。が、ほかにどのような方法で、生れるというのか・・・・・・
(コメント)
keep
alive は「生きてゆく」こと。ここ、送り仮名が足らず読みようがない(「生まれる」?)「生きれる」?
修正訳: 生きてゆけばよいのか
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(原文p528―訳文p204) *** 否定
‘Sixty-one.’
‘But you are perhaps not very
robust, no?’
「六十一だよ」
「しかしまだまだ元気らしいな。見たところは、
え、どうです?」
(コメント)
ここでの perhaps は語
調を整えるためのもので、確率をいってはいない。
not
+ 程度を示す副詞=部分否定
否定に、否定が重なる不可疑問は、主文の否定の念押し。
修正訳: だがそう頑強というわけ
でもないのでしょ |
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(原文p528―訳文p204) *** 行為の順番
He edged strait into the
arms of a tall man who put
out his hands and caught him gently by the shoulders.
なおもあとずさりしながら、うしろに立っていた背の高い人
が、その肩に手をかけてさせていた両の手のなかに、老人は入って
しまった。
(コメント)
訳文は全く意味不明。動詞が
すべて過去形であることから、一連の短い時間での動きが含意される。そして文脈から、行為は文の前から後の順番ととれる。老人が後ずさる⇒背の高い男の腕
の中に納まる⇒男は手を広げて、老人の方を掴む
修正訳: 広げた腕の中に入ってし
まった。そして肩を優しく包まれた
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(原文p530―訳文p207) * 指示語
‘No, no, please! You
misunderstand. This surgeon
will put a new piece of skin in the place of the old one. It is simple.’
「いやいや、とんでもない、わかってもらえませんかな!あん
たは誤解している。この外科医はね、あんたの背中
から皮をはがしたあとで、新しいやつをはりつけるのです、なーに簡単にできますとも」
(コメント)
外科医はここにいるわけでは
ない。this は「いま話題となっている」の意。
修正訳: その外科医はね
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(原文p531―訳文p209) * 焦点
It
wasn’t more than a few weeks later that a picture by Soutine, of a
woman’s head, painted in an unusual manner, nicely framed and heavily
varnished, turned up for sale in Buenos Aires. That
― and the fact that there is no hotel in Cannes called Bristol ― causes
one to wonder a little, and to pray for the old man’s health, and
to hope fervently that wherever he may be at this moment, there is a
plump attractive girl to manicure the nails of his fingers, and a maid
to bring him his breakfast in bed in the mornings.
それから数週間たらずのうちだろう、スーチンによって描かれ
た、ひどくかわった手法の、女の顔の絵が、厚くワニスをかけられて、美しい額縁にかざられ、南米のブエノス・アイレスで売り出されたのは。また同様に、カンヌにはブリストルというホテルがないという事実も、なにか
ちょっと気にかかるので、つい、あの老人のことを考えて、彼の健康を祈りたくなるだ。・・・・・
(コメント)
「また同様」では前後の文が
つながらない。
修正訳: カンヌにはブリストルと
いうホテルがないという新たな事実も気に掛かった。それで、あの老人のことを考えて、彼が健やかでいることを祈りたくなるのだ。
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