冒頭メチャ訳部分。
(原文p592―訳文p353)
デスクの男は、たたんだ新聞を手許にひきよせると、読みはじめた。
@さきごろ、A政府命令によって開始された、B大自動計算器のC建造が、このほどD完了の運びとなった。これは現在、世界でもっとも計算の速いE電子計算器といえるものである。そのF構造は、G科学および工業にとって、焦眉の必要性を満足させるものであり、過去の旧式な構造によっては、実際には不可能視され、あるいは問題が解決されるにしても、まだかなりの年月は必要とされていた。数学計算の迅速性にとっては、非常な驚異と言わねばなるまい。そのH構造一切の主責任者であり、I電気技術協会の主任であるジョン・ボーレン氏によれば、あたらしいJエンジンによるKスピード能力は、普通、数学者にとって一ケ月を要する問題に対し、わずか五秒のうちに、正確な答えを算出することLが実際に可能のはずとのことである。三分間のうちには、人間が計算すれば(それが可能としての話であるが)五十万枚の計算紙を必要とする計算が、なしとげられるのである。このM自動計算器は、一秒間に百万振動を起こすN電気の振動を応用、すべてのO計算を加減乗除にかえて解答する仕組みとなっている。P実際的な応用面は、無制限であり、なににたいしても・・・
*以下、〇はそのままでもよいもの、△はできれば変えたいもの、×は変えないとまずい
もの、:以下はその理由
@〇「さきごろ」→「しばらく前」:うるさく言えば、時間の長さが違う
A×「政府命令」→「政府機関の注文」:語義を狭めるのと、語義を選ぶのと
B△「大自動計算器」→「大自動計算機」:器ではちゃちな感じ
C〇「建造」→「構築」:うるさく言えば、おおげさ
D〇「完了の運びとなった」→「完成した」:うるさく言えば、完了・状態
E△「電子計算器」→「電子計算機」:器ではちゃちな感じ
F×「構造」→「役割」:語義を選ぶ
G×下に別記した:構造の取り違え
H×「構造一切」→「製作」:意味の取り違え
I×「電気技術協会の主任」→「電気会社の社長」:語義を選ぶ
J×「エンジン」→「機械装置」:原作の1950年当時の技術レベルで語義を選ぶ
K△「スピード能力」→「スピード」:修飾過剰
L〇「が実際に可能のはず」→「で理解されるだろう」:こまかく言えば
M△「自動計算器」→「自動計算機」:器ではちゃちな感じ
N〇「電気の振動」→「パルス信号」:専門語らしく
O〇「計算」→「演算」:専門語らしく
P△「実際的な応用面は」→「実際に対応できる計算は」:より正確に
Gはめちゃめちゃな訳だが、どうしてこうなったのだろう。推理してみる。
function を「構造」と取ったのがつまづきの元。次に science, industry, and
administration の並列がわからなかった。それで administration 以下を独立文とし、しか
も admiration とおそらく勝手に読み替えた。おまけに仮定法が苦手で、反実仮想を未
来に読み違えた。さらに which の先行詞がわからぬため、非制限用法風に訳した。その結
果、文が分裂して、主語、述語、意味がとれない不可思議な文章となってしまった・・・
原文を分析してみる。
The man behind the desk 1<pulled a folded newspaper towards him>, 2<and> began to read3<:>‘The4<building>5<of>the great automatic 6<computing engine>(,7<ordered> by 8<the government> 9<some time ago>,) 10<is now complete>. 11<It> is 12<probably> the fastest 13<electronic calculating machine> in the world today. 11<Its> 14<function> is 15<to satisfy> the 16<ever-increasing> need 17<of> 18<science, industry, and administration> 19<for> rapid 20<mathematical calculation> {21<which>(, in the past, by traditional methods,) 22<would have been physically impossible>23<, or> 24<would have required more time than the problems justified>}. The speed(25< with which the new engine works>)(, said Mr John Bohlen26<,> head of 27<the firm of electrical engineers> mainly responsible for its construction,) 28<may be grasped> by the fact {29<that> 11<it> can provide the correct answer 30<in five seconds> 31<to a problem> (than 32<would occupy> a mathematician for a month)}. 33<In three minutes>,/ 11<it> 34<can produce> 35<a calculation> [that {by hand (if it were possible)} 36<would fill half a million sheets of foolscap paper>]. The automatic computing engine uses 37<pulses of electricity>(, generated at the rate of a million a second,) 38<to solve> all calculations (39<that> 40<resolve themselves into> 41<addition, subtraction, multiplication, and division>). 42<For> 43<practical purposes> there is no limit 44<to (what it can do> …)’
1 pull 〜 towards ― 「〜を―のほうへ引く(寄せる)」
2 順接の and 「そして」。カンマは前節が長いので読むのに半呼吸入れる印
3 以下詳細に述べる印
4 立派な大型機械なので building などと大仰な言葉を使っている。「建設」はまづい。「建
造」「構築」「製造」など
5 目的格の of 「…( of 以下)を」
6 computing は現在分詞形の形容詞「計算する」。engine 「精巧な機械」のこと
7 (1)命令する (2)注文する、のうちここは(2)
8 (1)政治(無冠詞で) (2)政府(主としてG―で) (3)政府機関、政府組織のうち(3)
9 不可算名詞timeにsomeがつき、いくらかの時間。例:some water (いくらかの水) 「し
ばらく前」
10 is は now と結び、変化を示し「…になる」(例:I will be twenty tomorrow.)。形容詞
complete は、完成して。「完成した」
11 the great automatic computing engine
12 可能性の程度は高い(80%から90%)
13 電子計算機
14 (1)役割 (2)機能、のうち(1)
15 to 不定詞の名詞的用法「満足(充足)させること」
16 ever=at any time。increasingは現在分詞形の自動詞の形容詞(増大する)「増え続ける」
17 主格のof「…(science以下)が(要求する)」
18 1, 2, and 3の並列「科学、産業、行政」
19 目的・対象を示すfor
20 「数学的計算」だが、このままでは訳語が稚拙。「数理演算」などとしたい
21 この先行詞、orの前の部分は rapid mathematical calculation、or の後の部分は
calculation と分裂している悪文
22 「(以前であったら)まったく不可能であったはずの」
23 前後の would 以下を並列させる「…とか」「…だったり」(「どちらか」の選択ではない)
24 「当該問題の解決に当然与えてよいとされる以上の時間を要したはずの」ということ
25 分かりやすくすると、The new engine works with the speed.
26 同格を示すカンマ
27 「電気技術者集団会社」いわゆる「電機会社」のこと
28 「理解されうる」 may は可能性
29 the fact と同格の名詞節を導く接続詞
30 「五秒で」 in は時間の範囲・限界。「五秒以内に」ではない
31 「問題に対する」 problem は、解決されねばならない問題のこと
32 仮定法「本来ならばかかるはずの」
33 条件を示す副詞句「三分あれば」
34 論理的可能性を示すcan 「生み出しうる」
35 不可算名詞が可算名詞化され具体的なものに転化。ここは「計算結果」
36 foolscapは紙の版型の一つ。「フールスキャップ版用紙五十万枚を使って(得られるよう
な)」
37 電気の波動。「パルス信号」
38 「解くために」to不定詞の副詞的用法。前から結果に訳してもよい「…して解く」
39 このあたり掛かり方がわかりにくい。簡単にほどくと、
All calculations resolve themselves into addition, subtraction, multiplication, and
division.「あらゆる計算は加減乗除の形になる」
The automatic computing engine uses pulses of electricity to solve all calculations...
「自動計算機はあらゆる計算を解くためにパルス信号を使う」
→「自動計算機は一秒間に百万回発生するパルス信号を使って、計算自体を加減乗除の形
に変えることで、あらゆる計算問題を解く」
*「自動計算機は一秒間に百万回発生するパルス信号を使って、そのパルス信号を加減乗
除の形に変えることで、あらゆる計算問題を解く」は themselve sと pulses が遠すぎて、
文法的には不可だが、専門用語の理解としてはどうなのだろう?
40 resolve itself into ― 「―に還元する、帰着する、変わる」
41 1,2,3, and 4の並列「加減乗除」
42 理由を示す前置詞「…としては」
43 「実際上(で)は」
44 what を the things whichで置き換えると分かりやすい。do は solve の代動詞。toは程
度を示す「この機械が解ける事柄に関しては際限がない」
参考のため、原文と対照しやすくした直訳を示す(赤字斜体部分は原文の矛盾箇所を修正したもの)。
机の後ろの男は自分の方に畳んだ新聞を引き寄せ、そして読み始めた。
「しばらく前に政府機関により発注された偉大な自動計算機がいまや完成した。これはお そらく今日の世界で最速の電子計算機である。この機械の目的は、過去において従来の方 法であれば、まったく不可能であったはずの高速数理演算、あるいは当該案件処理に許さ れる以上の時間を 必要としたはずの演算よりもっと速い 演算、に対する科学、産業、行政のますます増大する要求を満足させることである。この構築に主として責任を負うべき電 機会社の社長であるジョン・ボーレン氏が言うには、この新機械が作動するスピードは、それが一人の数学者であれ一か月掛かるはずの問題に対し五秒で正解を出すという事実によって理解されるだろう、とのこと。三分あればそれは、手作業で(そんなことが出来ればの話だが)フールスキャップ版の紙五十万枚を埋めるはずの計算の結果を生み出すことができる。この自動計算機は、計算を加減乗除に変換するやりかたでそのすべての計算を解くために、一秒間に百万回の割合で発生する電気信号を用いている。実際上、これが解きうるところのものには際限がない」
ちなみに田口俊樹の新訳が出て、ちゃんと訳されている。出版社も少しは良心の呵責を感じたということか。
(田口訳)
ボーレン氏は折りたたまれた新聞を引き寄せると机についたまま読みはじめた。「かねて政 府が発注していた大自動計算機がこのほど完成した。おそらく現時点で世界最速の電子計 算機となる。その機能は、科学、産業、行政の分野で高まる一方の高速数値計算――従来のやり方では物理的に不可能か、案件の許容時間内にできなかった数値計算――に対する要求に応えることだ。中心となってこの新型機を開発した電気エンジニア会社の社長、ジョン・ボーレン氏によれば、この新型機は、ひとりの数学者だとひと月はかかる問題の正しい答えを五秒で出すことができ、その事実からどれほどの速さかわかるはずだということである。手書きでおこなえば(そんなことが可能として)筆記用紙五十万枚を埋め尽くすほどの計算でも三分で結果が出るという。この自動計算機は毎秒百万回発生する電気信号を利用し、すべての計算を加減乗除に還元することで値を得る。実用に向けてその能力に限界はない・・・」
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