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前回、『ビクスビー夫人と大佐のコート』に見る表現上の誤りを指摘したが、見直してみると他の短編にも結構ある。今回は第1回、第2回『女主人』の、表現として気になる部分を取り上げる。 |
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女主人 The Land Lady
[ストーリー] バースの町に赴任した青年ビリイは、ちょっとかわった中年婦人の家に下宿する。ほかにも二人下宿人がいるはずなのに、その気配がない。女主人との会話の中で、何年か前に失踪した学生たちとこの二人に共通項があるのに気づく。女主人を問い詰めようとすると、飲んだばかりの紅茶のせいか、意識が朦朧としてきた…。 |
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●言い回し |
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He was wearing a new navy-blue overcoat,
「…、まあたらしい茶色のフェルト帽を一着に及び、…」
[解説]
「一着に及び」は、「衣服を着用すること」の意味だが、ちょっと古い。読者にわかるだろうか。
「かぶって」 |
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●ひらがな |
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He went right up and peered through the glass into the room, and the first thing he saw was a bright fire burning in the hearth.
「彼はまぢかまで近寄って、…」
[解説]
漢字にしたほうが読みやすい。
「間近まで」
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●意味の重複 |
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He was in the act of stepping back and turning away from the window when all once his eye was caught and held in the most peculiar manner by the small notice that was there.
「彼がちょうどくびすをかえし、窓からふりむこうとした時、彼の眼はそこにある注意書きに釘づけになってしまったのだ。」
[解説]
「窓からふりむく」では、室内にいて窓辺から室内に目を移したかのようだ。これに眼をつぶるにしても、「くびすをかえす」と「窓からふりむく」は、意味が重複しており、おかしい。
ここは、外から窓辺を見ていたのを止め、後戻りし(stepping back) 、窓辺から向きを逆に変え立ち去ろう(turning away from the window)としていた、のである。
「後戻りし、くびすをかえし窓辺から去ろうとしたその時、彼の目は何ともおかしなことだが、そこにある小さな張り紙に釘付けになってしまった。」 |
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●不自然な表現 |
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Each word was like a large black eye staring at him through the glass, holding him, compelling him, forcing him to stay where he was and not to walk away from that house, and the next thing he knew, he was actually moving across from the window to the front door of the house, climbing the steps that led up to it, and reaching for the bell.
「そして、あっと思うまに、彼は本当に窓を横切ると、その家の玄関の方へ行き、…」
[解説]
「窓を横切る」では、「窓から侵入したのか」と思われかねない。「外の窓辺に沿って玄関に移動した」のである。
「そして、気づいてみると、実際に窓辺をたどって玄関の下までゆき、階段をのぼり…」 |
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●原文と意味の誤差を生じる表現 |
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‘I should like very much to stay here.’
「ぼく、よろこんでここへ泊らしてもらいますよ」
[解説]
very much を訳したのだろうが「よろこんで」では、相手の誘いに答えたかのようだ。should like to(…したい)の強調。
「ぼく、ぜひここへ泊まらせてもらいたいです」 |
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●コロケーション |
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Billy took off his hat, and stepped over the thresh-old.
「ビリイは帽子をぬぎ、敷居をまたいだ。」
[解説]
「帽子」は「ぬぐ」とは、あまりいわない。
「帽子をとり」 |
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●誤字 |
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It’s such a comfort to have a hot water-bottle in a strange bed with clean sheets, don’t you agree?
「清潔なシーツを敷いた始めてのベッドに、暖かい湯たんぽが入っているのは気持ちがいいものよ。」
[解説]
誤字「始めての」→「初めての」。 |
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●表現の強さ |
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Now, the fact that his landlady appeared to be slightly off her rocker didn’t worry Billy in the least.
「さて、この女主人がいささか常規をいっした所があることも、別にビリイの心をなやますほどのことはなかった。」
[解説]
off one’s rocker は、「ばかな」「気の狂った」だから、「常軌をいっした」でもだめではないが、訳としてはちょっと表現がきつい(そこまで狂っていそうにない)。またその場合「いっした」を「逸した」と漢字にしないと、収まり具合が悪い。
「すこし変なところがあるにしても」
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●展開が面白くなくなる |
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‘Such charming boys’ a voice behind him answered, and he turned and saw his landlady sailing into the room with a large silver tea-tray in her hands.
「みんな、すばらしいひとたちでしたわ」
[解説]
過去形でいっているが、ここではまだこの青年たちは下宿にいることになっている(殺されたのは伏せられている)。体言止にしておく。
「ステキなひとたちよ」 |
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●並列が不自然 |
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The back was hard and cold, and when he pushed the hair to one side with his fingers, he could see the skin underneath, grayish-black and dry and perfectly preserved.
「灰色を帯びた黒で、乾燥し、完全に保存されている。」
[解説]
grayish-black を「灰色を帯びた黒」とするのは、よくない。黒も灰色も無彩色で同類だからだ。この preserved は「保存加工されて」の意味。三つの並列がうまくされていない。
「濃い灰色で、すっかり乾いて、保存加工が施されている」 |
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