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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページ程の短いものが中心だから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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誤訳度: |
*** |
致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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The Great Switcheroo「すばらしきかな、スワッピング」
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ストーリー
ジェリーとヴィクは良き隣人同士。ジェリーの細君に下心をもったヴィクは、それとなくジェリーにスワッピングの話を持ちかける。ジェリーはうまく誘いに乗ったが、問題は貞節な二人の妻に、相手が変わったのを気付かせずにセックスできるかということ。二人はあらゆる事態を想定し陰謀を企て、さあいよいよあとは実行というところまで漕ぎつけたが…。 |
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(訳文p87 原文p367)
カウンターに背をあずけて、スコッチをちびちびやりながら、眼鏡の縁ごしに女たちを一人ずつ品定めした。
I settled back with my shoulders against the bar-rail, sipping my Scotch and examining the women one by one over the rim of my glass.
(コメント)
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眼鏡ならふつう複数で glasses となるだろう。ここは「スコッチの入ったガラスのコップ」のこと。
⇒グラスごしに |
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(訳文p90 原文p368)
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だがサマンサ・レインボーのお尻には汚点ひとつなかった。
But Samantha Rainbow had not a blemish on her bottom.
(コメント)
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これでは主人公が隣人の妻であるサマンサの裸をすでに見ていることになってしまう。この前に「体にぴったりのスラックスを穿いていて、黒子でもあればわかるほどだ」とあることから、blemish はその言い換えで「小さな突起」ととるのがいいだろう。
⇒尻にはそんなもの何ひとつありそうにない。 |
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(訳文p90 原文p368)
第四に、ご亭主のジュリーはわたしの昔からの親友で、さすがこのヴィクター・ハモンドも、欲望で煮えたぎっているはいるものの、竹馬の友の奥さんを誘惑する気にはなれない。
Fourthly, her husband Jerry is my very old and good friend, and not even I, Victor Hammond, though I am churning with lust, would dream of trying to seduce the wife of a man who is my very old and trusty friend.
(コメント)
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「昔からの親友」はまあよいだろうが、「竹馬の友」は「幼いころからの友だち」の意。この二人郊外の住宅地で隣り合わせているだけで、子供の頃からの知り合いとは読めないのだが。
⇒ずっと前から仲が良く/大いに気の合う友人 |
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(訳文p101 原文p375)
「面白い話だが、絶対に不可能だな。いつかあんたも聞かせてもらうといい」
‘Good story,’ Jerry said. ‘But totally impossible. Get him to tell it to you sometime.’
(コメント)
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猥談の中味(隣家の亭主同士が互いの妻に分からぬよう夜の営みを入れ替わること)についての会話。
ここニュアンスの問題だが、「不可能」(できるできない)というより「あり得ない」(存在しない)と取るべきだろう。訳語へのちょっとした配慮が説得性につながる。
⇒まずありえないことさ。 |
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(訳文p102 原文p375) 難文
「おやすみなさい、ヴィク」とわたしの急所を指で刺激した。
‘Good night, Vic darling,’ she said, stirring her fingers in my vitals.
(コメント)
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直訳すれば「私の胃と腸の所で彼女の指を揺り動かした」。 急所では、いわゆる局部を想像してしまう。
⇒私の腹に指を突き立ててきた |
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