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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページに満たない短いものだから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に、市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。 冒頭に誤りの種別と悪訳度を示したうえ、原文と邦訳、悪訳箇所を掲げます。どう悪いのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。 今回取り上げるのは、『王女マメーリア』(早川文庫、田口俊樹・訳)のなかの『執事』(Butler)
*原文3頁の短いものなので、指摘が細かくなること、承知ください。 |
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誤訳度: |
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致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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** |
欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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執事
[ストーリー] 成金のジョージ・クリーヴァーは、己の上昇志向を満たすため、一流料理と一流ワインで上流階級の人々をもてなしはじめた。主宰の晩餐会では、にわか勉強で、ワインの薀蓄を傾ける。ひょんなことから、晩餐会の席上、ワイン鑑識眼のことで執事を罵倒するが、じつは自分たちが一流ワインだと思って飲んでいたものは、三流ものだったことが分かってしまう。 |
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●名詞:** ●イディオム:** |
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With the help of these two experts, the Cleavers set out to climb the social ladder and began to give dinner parties several times a week on a lavish scale.
が、このふたりのエキスパートの助けを得て、クリーヴァー夫妻は社交界の階段を昇りはじめ、週に数回豪勢なディナー・パーティーを開くようになった。
[解説]
the social ladder は「社会階層」。イギリスは上流、中流、下流の階層社会であるとよく言われるが、それぞれの階層の中がさらに細かく分かれている。「社交界の階段」では、すでにそこに入っていて、より高く昇ろうとしている、と読めてしまう。ここは、例えば中流の中であったクリーヴァー夫妻が、中流の上、上流の下、さらに…、と社会階層を上げてゆくことを言っている。また set out to do は「…しようと試みる」の意。
修正訳 |
が、このふたりのエキスパートの助けを得て、クリーヴァー夫妻は上の階級に入ろうとし、週に数回豪勢なディナー・パーティーを開くようになった。 |
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●イディオム:** |
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They were in fact so huge that even Mr Cleaver began to sit up and take notice.
で、クリーヴァー氏は急にワインに関心を示しはじめた。
[解説]
執事に命じて購入したワインの値段が法外なのを思い知ったクリーヴァー氏の態度を叙した箇所。sit up and take notice は「ぎょっとする」。直訳すれば「それらのワインの価値は実際にあまりに途方もないのでクリーヴァー氏でさえ驚きはじめた」
修正訳 |
それで、さすがのクリーヴァー氏でさえ、思わず眼を剥いた。 |
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●名詞:*** ●名詞:*** ●動詞:*** |
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Then you take a mouthful and you open your lips a tiny bit and suck in air, letting the air bubble through the wine.
それから口いっぱいに、舌をやや広げまして、空気と一緒に吸いこむのでございます。
[解説]
ワイン通ぶって、この訳文どおりのことを人に説いたら失笑されてしまうだろう。誤訳恐るべし。
直訳は「少量を含み、口を少し開き、空気を吸い込み、その空気がワインを通して泡立つようにさせる」。mouthful は「一口;少量」。lip は広義では「口のあたり」だが、「舌」を単独で指すことはない。suck は他動詞と自動詞あるが、ここは他動詞で「…を吸いこむ」、in は副詞で「中に」。
修正訳 |
それからワインを一口含んで、口をうすく開けて、そのまま空気を吸い込んで、口の中のワインと混ざるようにするのです。 |
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●副詞:** ●名詞:* |
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‘What’s the matter with the silly twerps? Mr Cleaver said to Tibbs after this had gone on for some time. ‘Don’t none of them appreciate a great wine?’
そういうことがあってからしばらく経って、クリーヴァー氏はティブスに言った。「あの低脳の不愉快な連中はいったいどうしたというんだ?だれひとりこの偉大なワインの味がわからないじゃないか」
[解説]
直訳は「こうしたことが或る期間続いてしまったあとに」。this は「上に述べたような状況」。go on はイディオムで「(事態が)続く」(on は副詞で「ずんずん、どんどん」の意)。「しばらく経って」ではなく、「しばらく続いて」なのだ。「低脳の不愉快な」は言葉の並びが悪いし、だらだらしている。ここは同じような意味を重ねてリズムを出し、悪態の度を高める表現だから、日本語ならどういうか、で訳語を考えたほうがよい。
修正訳 |
そういうことがしばらく続いた後、クリーヴァー氏はティブスに言った。「あのくそバカどもはいったいどうしたというんだ?だれひとりこの偉大なワインの味がわからないじゃないか」 |
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●形容詞:*** |
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‘I believe, sir, that you have instructed Monsieur Estragon to put liberal quantities of vinegar in the salad-dressing.’
「私が思いますに、旦那様、旦那様はムッシュー・エストラゴンに、サラダ ・ドレッシングに通常の量の酢を、入れさせておいででございますね?」
[解説]
liberal は多義だが、この場合は「たくさんの、豊富な」の意。
修正訳 |
「私が思いますに、旦那様、旦那様はムッシュー・エストラゴンに、サラダ・ドレッシングに大量の酢を、入れさせておいででございますね?」 |
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