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第55回 (5月号)
『ハムレット』ホレイショーの哲学
by 柴田耕太郎
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 文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
 そんな読者のために、人気小説の翻訳書にみる誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。
 前回に引き続き、シェークスピアの名作『ハムレット』をとりあげる。
『ハムレット』(あらすじ)
 デンマークの王子、ハムレットは、死んだ父王の亡霊から、父が叔父に毒殺されたことを告げられる。その叔父クローディアスはいまや国王となり、先王の妃であり、ハムレットの母親であるガートルードを妃としている。事の真実を確かめるため、ハムレットの苦悩は始まる。狂気を装った挙句、誤って宰相ポローニアスを殺め、その娘である愛するオフィーリアを入水させてしまう。王の毒殺場面を盛り込んだ芝居を現王に見せ、そのおののきから亡霊の言が真実であるとつかんだハムレット。現王はハムレットに恨みをもつ故宰相ポローニアスの息子、レアティーズをそそのかし、剣術の試合をさせる。示し合わせレアティーズの剣先には毒をぬり、また勝負の途中でハムレットが水を飲むはずの盃には毒薬を流しこんでいた。ところが、王妃ガートルードがその盃をハムレットの勝利を祈って飲み干してしまう。ハムレットが油断したすきに、レアティーズはハムレットを突き刺す。この間、二人の剣が取り替わり、こんどはハムレットがレアティーズを刺す。王のたくらみは露見、瀕死のハムレットは王を刺し殺し、この国の王位は隣国ノルウェーの王子であるフォーティンブラスにと託し、こと切れる。

悠々たる哉天壌
遼遼たる哉古今
五尺の小躯を持って此大をはからんむとす
ホレーショの哲学竟に何等のオーソリチーを価するものぞ
萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。

明治36年5月、「巌頭の感」を木の幹に刻み、華厳の滝に身を投じた一高生、藤村操。
文中にある「ホレーショーの哲学」とは?新聞記者が当時の東京帝国大学初代哲学主任教授、井上哲次郎に聞きに行った。井上はしどろもどろに、「いやホレーショなどは、哲学者の中でも傍流のまた亜流みたいなものであって…」と答えたという*。だが、誰がどこをどう調べてもホレーショという哲学者は出てこない。
*確かに読んだのだが、出典を思い出せない。ご教示いただきたい。
その後、藤村操が『ハムレット』を愛読していたことから、ホレーショとはその作中人物、ハムレット王子の学友でウィッテンバーグの大学に学ぶホレーショであろうということになった。井上はこれで大恥じを掻いたわけだが、それでなくとも人気がなく、哲学を志望するものは新設の京都帝大へ向かい、西田幾多郎一門の京都学派の隆盛に至ったという。井上の評判記を次にいくつか。

午後は大教室に出た。其教室には約七八十人程の聴講生が居た。従って先生*も演説口調であった。砲声一発浦賀の夢を破ってと云う冒頭であったから、三四郎は面白がって聞いてゐると、仕舞には独逸の哲学者の名が沢山出て来て甚だ解しにくくなった。…隣の男は関心に根気よく筆記をつづけてゐる。覗いて見ると筆記ではない。遠くから先生の似顔をポンチに書いてゐたのである。*「先生」のモデルは井上哲次郎
(夏目漱石『三四郎』)

「来年は貴方もいよいよ大学生ね。」夕食の茶ぶ台を囲んだ時、奥さんはかう云った。
「ええ、やっと、大学生になるかも知れないんですが、なったところで気がききませんよ。学生ぢゃ。」というと、
「何です、まだ高等学校のくせに。」奥さんは高飛車に出て「大学はどこ。東京?京都?」
と美しい瞳を向けた。
「実はそれを考へ中なんですがね。事によると京都へ行くかも知れないんです。彼方の方が文科は教師がいいやうですからね。」
と、だしぬけに隣の室から「東京がいいね。東京にゐ給え。」と云う先生の太い声がした。
その藪から棒に自分達は笑った。
 自分も勿論東京にゐたいのであるが、折角大学をやる以上「何しろ井の哲の講義ぢゃァ助かりませんからね。」
(長与善郎『竹沢先生と云う人』)

「この哲学のての字もない人が、スエズ以東第一の哲学者といはれ、その現象即実在論が彼の独創だといふ者があったのだから、あきれる外はない。人間のよく分かるケーベル先生などは、『彼は別にわるい人間ではない、ただスチューピドなだけだ』といって居られた。」
(安倍能成の回想)

 さて、井上だけでない、自殺した当の藤村操自身も「ホレーショの哲学」を誤解していた節がある。というわけで、当該部分を構文分析。
HORATIO
O day and night, but this is wondrous strange!
HAMLET
And therefore as a stranger give it welcome.
There are more things in heaven and earth, Horatio,
Than are dreamt of in your philosophy.
[構文分析]
HORATIO
1<
O> 2<day and night>, 3<but> 4<this> is 5<wondrous strange>!
HAMLET
6<
And therefore> 7<as> 8<a stranger> 9<give it welcome>.
There are 10<more things> in 11<heaven and earth>12<, Horatio,>
10<
Than> 13<are dreamt of> in 14<your philosophy>.
1 驚きを示す間投詞「おお」「あら」「まあ」。
2 実はこの場面は夜。そこに出没した亡霊があちこち自在に動き回るのを目にし、ホレーショが発する言葉。
「昼と夜」→「昼でも夜でも」→「日夜」→「いつでも」→「時を選ばず」と、意味を狭めるのが望ましい。
3 前後を対比しているわけでないので「しかし」はまずい。むしろ前後をなんとなく繋ぐ and に近い意味「それにしても」。
4 亡霊があちこち自在に動きまわっていること、を指す。
5 wondrous は強意の副詞「すごく」。strange は、ここでは「不思議な」。
6 「それで」therefore は副詞。strange を受けている。
7 役割・資格を示す前置詞「…として」。
8 (1) 他人 (2) 見知らぬ人  (3)よく知らない人 (4)不慣れな人、のうち(2)。
9 it a stranger である亡霊。
「そいつに歓迎をあたえよ」→「そいつを歓迎してやろう」
10 この things are dreamt of の目的語としての意味と、その目的語の things 以上の things、の二つの意味を併せ持つ(夢見られる things よりも多くの things )。than はこの場合、関係代名詞(また、文の一部が省略されていると考えれば接続詞ともとれる)。
11 イディオム「天地」。
12 間投詞的に呼びかけ「ホレーショよ」。
13 便宜的に記せば、
The things are dreamt of in your philosophy by you.
You dream of the things in your philosophy.
dream of
は、自動詞+前置詞=他動詞化(…を夢想する)。
14 一般人称の your。「あなたの」ではなく「皆のよく言う」→「例の」→「いわゆる」。
例:
your modern girl(いわゆるモダンな少女たち)
(福田恒存・訳)
ホレイショー
おお、不思議、一体これは!
ハムレット
だからさ、珍客はせいぜい大事にしようではないか。ホレイショー、この天地のあいだには、人智の思いも及ばぬことが幾らもあるのだ。

(拙訳)
ホレイショ
神出鬼没、なんたる不可思議!
ハムレット
ならばあれを珍客としもてなしてやろう。
この天と地の間にはな、ホレイショ、哲学なんぞの及びもつかぬことがたんとあるのだ。

この天地の間にはな、いわゆる哲学の思いもおよばぬ大事があるわい。(坪内逍遥・訳)

この天と地のあいだにはな、ホレーシオ、哲学などの思いもよらぬことがあるのだ。
(小田島雄志・訳)

藤村操は、前段の台詞にある「ホレーショが大学で研究している」というのと、ハムレットがホレーショに向かって言う
your philosophy から、ホレーショを哲学者と思い込んだようだ。この場面での your の意味を正しく掴んでいれば、自殺しないで済んだかもしれない…。
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