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文法力をつけたいが、無味乾燥な文法書など読みたくない。
そんな読者のために、人気小説の翻訳書に見る誤訳・悪訳をとりあげ、文法面から解説してゆく。題材は最近映画化された『チョコレート工場』の原作者で、日本がロケ地になった映画『007は二度死ぬ』の脚本家でもあるロアルド・ダール(Roald Dahl)の短編から任意に選ぶ。いずれも原文で10ページ程の短いものが中心だから、読者も自分で訳してみて、この解説を参考に市販訳との優劣を競ってみてはいかがだろうか。
冒頭に誤りの種別と誤訳度を示したうえ、原文と邦訳、誤訳箇所を掲げます。どう間違っているのか見当をつけてから、解説を読んでください。パズルを解く気分で、楽しみながら英文法を学びましょう。
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誤訳度: |
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致命的誤訳(原文を台無しにする) |
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欠陥的誤訳(原文の理解を損なう) |
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愛嬌的誤訳(誤差で許される範囲) |
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『ある老人の死』Death of an Old Old Man
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永井淳は戦争物が得意のようだ。私にはからきし分からぬ空中戦の描写など、矛盾なく訳している。それで検討したい箇所も今回は4つしかない。 |
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(原文p199―訳文p141)
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So that wasn’t anything either.
だから、それもどうということはなかった。
(コメント)
出撃命令をもらうずっと前から自分にはそれが分かっていた、とくどくど述べて後に続く言葉。thatは「出撃命令」を指す。not anything=nothingで、「出撃命令なんて何でもない」。eitherは否定文で、その内容を強調する(=certainly) 永井はnot ~either「…もまた~ない」と読んでいるが、その場合anything(あるかないか不定なもの)は補語として来られない。 例:I love her—and I’m not the only one either!(私は彼女を愛しているが、といっても私だけではない)のように具体的なものが来る。
⇒そんなのは |
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(原文(p199―p14))
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But it was fine when I tightened my jaw muscles and said, ‘Thank God for that. I’m tired of sitting around here picking my nose.’
しかし顎の筋肉をこわばらせて、「そいつはありがたい。いつまでもこんなところに坐って、鼻くそをほじくっているのはごめんだからな」といったときは、まだよかった。
(コメント)
次に自分が戦闘機に乗るのを指名され、恐怖感をあからさまにしまいと必死な心理描写に続く記述。この fine は皮肉・自嘲を表している。恐怖感がまだ少なかったのではない、虚勢を張ってそれを抑えることがうまくできたのだ。
⇒なんとか誤魔化せた |
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(原文p200―p16)
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There’s Ijmuiden. Just the same as ever, with the little knob sticking out just beside it.
エイモンデンが見える。例によって小さな瘤がすぐ横に突き出ている。
(コメント)
of course アムステルダムの外港エイモンデンは、北海運河の出口に位置し、巨大な関門で有名。
これを例えているのが分かるように訳す。
⇒名物の巨大な関門 |
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(原文p202―p18)
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Here I am today, at two o’clock in the afternoon, sitting here flying a course of one hundred and thirty-five at three hundred and sixty miles an hour and flying well;
今日もこうして午後の二時に、百三十五度のコースをとって、時速三百六十マイルで順調に飛んでいる。
(コメント)
この course は「行程」の意味だろう。fly は自動詞で「飛ぶ」。a course of 以下は、前置詞抜きで本文に副詞的に掛かる名詞句(副詞的対格とか副詞的目的格といわれるもの:時間、距離、仕方に関する場合が多い)。「百三十五度」は①「度」と読ませる指標がない②緯度は90までしかないし、経度だとする西経157度がホノルル、東経135度が明石で、ヨーロッパ戦線には該当しない。135マイルは約200キロだから、飛行基地イギリスから目的地オランダまでの大体の距離にあたる。
⇒百三十五マイルの距離を |
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